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クリスマスキャロルの著者

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(あるいは、ディケンズ「クリスマスキャロル」のいわゆる雑コラ)


以下はディケンズ「クリスマスキャロル」に部分的な改変を加えた文章である(主要な改変は第5章に集中しており、残りは第5章の改変との整合のための変更にとどまる)。原文として、下記に示す日本語訳を用いている。Katokt氏による日本語訳の公開について、ここに予め謝意を述べる。ありがとうございます。すみません。


*****

原文について

原題

A Christmas Carol

原著者

Charles Dickens

原著公開年

 1843

翻訳者

 Katokt

翻訳公開年

 2003

翻訳原文

 http://www1.bbiq.jp/kareha/trans/html/christmas_carol,_a_%28katokt%29.html

翻訳のクレジット

 ©Katokt

 本翻訳は、この版権表示を残す限りにおいて、訳者および著者にたいして許可をとったり使用料を支払ったりすることいっさいなしに、商業利用を含むあらゆる形で自由に利用・複製が認められる。(「この版権表示を残す」んだから、「禁無断複製」とかいうのはダメ)

*****



第1章:マーレーのお化け


マーレーは死んだ、これがそもそもの始まりだ。この事実にはまったく疑う余地はない。お墓の記録に牧師、教会の書記、葬儀担当者、喪主のサインがあるから。スクルージももちろんサインした。スクルージの名前ときたら、手をそめることには何でもてきめんの効果があったものだ。


年をとったマーレーは、とびらの金具のごとく亡くなっていた。このことにまったく疑う余地はない。


でも、わたしは自分がとびらの金具がどんなふうに亡くなっているのかを知ってるなんて言うつもりはない。自分としては、棺おけの金具の方が同じような道具としてはよっぽど死に近いものだと思いたい。いいや、でも昔の人達の知恵は例えにあるわけで、わたしのような下々の手がそれを汚すことはまかりならんということだろう。さもなくば国もほろびてしまう。だからみなさんもわたしが断固としてこう繰り返すのをどうか許してほしい。マーレーはとびらの金具のごとく完全に亡くなっていたと。


スクルージは、マーレーが亡くなっていたことを知っていたか? もちろん知っている。知らないなんて事があろうか? スクルージとマーレーはわたしが何年とも知らないほど長い間、共同の経営者だったわけだから。スクルージはマーレーの唯一の、遺言執行者にして相続人、友達にして会葬人だった。ただスクルージはそのような悲しい出来事にすっかり気落ちしてしまわずに、葬式当日でさえ抜け目のないビジネスマンぶりを発揮していた。というのはとてつもない割引価格でその葬式をあげたということだ。


そしてスクルージはマーレーの名前を消すことはなかった。だから何年もあとになっても、事務所のドアの上には「スクルージとマーレー」という看板がかかったままになっていた。会社は「スクルージとマーレー」として知られており、ときおり仕事に詳しくない人がスクルージのことをスクルージとかマーレーなんて呼んだものの、スクルージときたらどちらの名前にでも返事をするのだった。結局名前などスクルージにとってみればどうでもいいものだったから。


ただ、スクルージの仕事に対するがめつさときたら、それはもう。スクルージ、そう彼は、搾れるだけ搾り取り、しめあげ、捕まえたらはなさず、ばらばらにして、握りしめ、何もかもをほしがる罪深い輩だった。火打石ほどかたくなかつ冷酷で、ただこの火打石からは鉄をつかっても慈悲の火はおこせなかったことだろう。かれは秘密をこのみ、人と打ち解けず、無口で孤独な性格だった。性格の冷酷さが姿も寒々しいものにしており、とがった鼻は凍りつき、ほおにはしわが深くきざまれて、その歩みはぎこちなかった。そして目は血走り、薄いくちびるは青ざめ、金切り声で抜け目なく自分の意見を主張した。頭上もまゆ毛も霜がふりつもっているかのように白く、あごはとがっていた。いたっていつも冷酷で、夏にも事務所を冷たくしたものだが、クリスマスだからといってその冷酷さがゆるむようなことは少しもなかった。


まわりが暑かろうが寒かろうが、スクルージにはなんの関係もなかった。まわりが暖かくてもスクルージを暖めることはなかったし、寒々とした気候もかれを寒がらせることはなかった。どれほど吹きすさぶ風もスクルージに比べれば身を切るほどの冷たさとはいえなかったし、降り積もる雪も目的への集中ということではかれにかなわず、打ちつける雨も嘆願を聞き入れないことではかれの足元にも及ばなかった。悪天候も、どんな点からみてもスクルージほどのことはないというわけだ。どしゃぶりの雨、雪、あられ、ひょうもどの点をとっても一つとしてスクルージを上回るところはなかった。天気はときどき「気前がよく」なることもあったが、スクルージには決してそんなことはありえなかった。


道ばたでスクルージと出くわしても、にっこりして「やぁスクルージさん、調子はどうですか? 家に遊びにきてくださいよ」などと声をかけるものはいなかったし、物乞いでさえ小銭をせがむことなかった。子供もスクルージには「今何時ですか?」とは尋ねなかったし、スクルージが生まれてこの方どこそこまでの道を聞いたものも皆無だった。盲導犬たちでさえスクルージがどんな人かを知っているかのようだった。というのは、盲導犬たちはスクルージが近づいてくるのを見ると、飼い主を門や路地の方へとひっぱったものだから。尻尾をふり、まるで「悪魔の目をもってるぐらいなら、目なんて見えない方がましですよ、ご主人様」とでも言ってるようだった。


ただそんなことはスクルージの知ったことではない。それこそスクルージの望んだとおりだ。人生のこみあった道を人情なんぞは知ったことかと警告しながら進んで行くことこそが、スクルージにとっての快心事だったのだから。


昔のことだが、1年の中で一番素敵な日々、クリスマスイブにスクルージは会計事務所で忙しそうにしていた。寒々とした身も凍るような気候でその上霧がたちこめていて、往来の人達が温まるために白い息をはぁはぁ吐き、胸の前で手をこすりあわせ、敷石の上であしぶみをしているのがスクルージの耳にも入ってきていた。街の時計は三時をしらせたばかりだったのに、すでにあたりは暗くなっていた、まぁその日は1日中、日はささなかったわけだが。そして周辺の事務所の窓にもろうそくがゆらめいており、その様子はまるで手でふれることができるほどの藍色の大気に赤い斑点があるかのようだった。霧はどんな隙間や鍵穴からもはいりこみ、外では濃くたちこめ、ごくごく狭い通りにもかかわらず道の向こう側の家々が幻影のように見えるほどだった。黒ずんだ雲がたちこめ、全ての物を覆い隠していくのをみると、自然というのはすぐ近くにあって、大量の雲をつくりだしているのだと考える人がいるかもしれない。


スクルージの会計事務所のドアは開けっぱなしで、というのも事務員に目を光らせているためだった。事務員は向こうの陰気な小さな部屋でまるで監房にいるかのようで、手紙の写しをとっていた。スクルージのところにもわずかながらの暖があったが、事務員の暖ときたらあまりに小さく、石炭一個ぽっちといった程度だった。ただスクルージが石炭箱を自分の部屋においていたので事務員は継ぎ足すこともできず、石炭のスコップをもってスクルージの部屋にはいろうもんなら、「われわれは別れなきゃならんようだな」と言われる始末だった。そういうわけで、事務員は白い襟巻きをしてろうそくで暖をとろうとしたが、もともと想像力に満ち満ちているといったわけではなかったので、まぁ無駄といったところだった。


「メリークリスマス、叔父さん、神のご加護がありますように」


あまりに急なことで、その声がしてはじめて、スクルージは甥がやってきたのに気づいたくらいだった。


「ふん」「たわごとを」


「クリスマスがたわごとですって、おじさん」「どういう意味なんです? 僕にはわかりませんよ」


「その通りの意味だよ。メリークリスマスだと! なんの権利があってお祝いするんだ? どんな理由があってのお祝いだ? そんなに貧乏なのに」


「ふーん、じゃあ」「なんの権利があってそんなに憂鬱にしてるんです? どんな理由があっての不機嫌なんですか? そんなにお金持ちなのに」


スクルージはとっさにはいい答えがうかばなかったので、「ふん」と再びいって、こう続けた。「たわごとだよ」


「そう怒らないでくださいよ、おじさん」


「そうする以外にどうしようがある。こんなばかどもがうようよしている世の中なんだぞ? メリークリスマスだって! 言うに事欠いてメリークリスマスとは! クリスマスなんてものは金もないのに勘定をしなきゃならんときじゃないか。また一年歳はとるがすこしばかりだって金持ちになってないのを確認するときじゃないか、帳簿をしめて、そのどの項目をみても一年どの月でも赤字だったことを知るときじゃないか。もしわしの思い通りになるなら」スクルージはぷんぷんに怒って、「『メリークリスマス』なんてぬかす頭のたりない間抜けどもは、お祝いのプディングなんかと一緒に煮詰めてやって、心臓にヒイラギの棒でもつきさして埋葬してやりゃいいんだ。うん、そうするべきだ」


「おじさんったら」


「甥よ」おじは冷たく言い放ちました。「おまえはおまえのやり方でクリスマスをやればいい。わしはわしのやり方があるから放っておいてもらおう」


「やり方ですって!」「何にもやりゃしないじゃないですか」


「どうか放っておいてくれ、それから」スクルージは吐き捨てた。「クリスマスはさぞかしめでたいんだろうよ。そうだな、今までもさぞかしいい事でもあったんだろうし」


「言わせてもらえば、いい事はたくさんありますよ。でもそれで得をしたことはないけれど。クリスマスはとくにそういうものじゃないですか。クリスマスがやってくるといつも思うんですが、神の名と起源に畏敬の念をいただくことは置いといても、まぁクリスマスに属するもので畏敬の念から切り離せるものがあればですが、クリスマスはクリスマスなりにいいものだと思うんですよ。親切になり、許しあえ、慈悲ぶかく、楽しいときでしょう。長い一年のカレンダーをめくってみても、男女が閉じきった心を開き、自分より目下の人達を、ぜんぜん違う旅路を歩んでいる別の生き物としてではなく、本当に墓場まで旅の道づれとみなす、唯一のときじゃないですか。それにおじさん、クリスマスがぼくのポケットに金や銀の切れ端ひとつ入れてくれたことがなかったとしても、クリスマスはぼくにとってはいいものですし、これからもそうでしょう。だから言いますよ、神のご加護がありますように」


監房にいた事務員はおもわず手を叩いたが、すぐに間が悪くなって火をかきまわし、最後のはかない暖を消し去った。


「余計な音をもう少しでも立ててみろ」スクルージは怒鳴った。「首になってクリスマスを迎えることになるぞ。まったくこうるさい奴だ、おまえは」と甥の方を向いて言い捨てた。「国会議員にでもなったほうがよかろうよ」


「おこらないでください、おじさん。さぁ明日は僕らと一緒に夕食をとってください」


スクルージは、おまえが墓場に、確かにそう、まったくこの通り口にしたのだった、おまえが墓場に落ちるところをみたいものだなと。


「どうしてなんです?」「いったいどうして」


「どうしておまえは結婚したんだ?」


「恋に落ちたからです」


「恋に落ちたからとはな!」スクルージはまるでその言葉が、メリークリスマスより腹立たしい唯一の言葉であるかのように吐き捨てた。「ごきげんよう」


「でも、おじさん、結婚する前だって来てはくれなかったじゃないですか。どうして今になって結婚したことが理由になるんです」


「ごきげんよう」


「別におじさんにどうこうしてもらうなんて思ってませんよ。頼んでもないでしょう、どうして仲良くできないんですか?」


「ごきげんよう」


「おじさんがそんなに頑固なのは本当に残念です。一度だって喧嘩したことはないじゃないですか、僕を相手にして。でも今回はクリスマスに敬意をはらってやってみたんです。だから最後までクリスマスの気持ちを忘れないようにしますよ。メリークリスマス、おじさん」


「ごきげんよう」


「それによいお年を」


「ごきげんよう」


それでも、甥は罵倒に類する言葉はひとつも言わず部屋を後にした。外へのドアの前で立ち止まり、事務員にもクリスマスの挨拶をすると、事務員も寒かったけれど、それでもスクルージよりは暖かい心をもっていたのだ。というのは心をこめて挨拶をかえしたわけだから。


「もう一人いるわい」スクルージはぶつぶつ言い出した。事務員が一週間に15シリングの稼ぎで、妻と家族がいるにもかかわらず、メリークリスマスと言っているのが耳にはいったのだった。「わしも精神病院にでも隠遁した方がいいみたいだな」


この頭がおかしい男は甥をおいだし、二人の男を中に通した。二人はかっぷくのいい紳士で、このようすを外で楽しそうに見守っており、今は帽子をぬいでスクルージの事務所の中に立っていた。手には帳簿と書類をもち、スクルージにむかって挨拶した。


「こちらは、スクルージとマーレー事務所ですかな」片方がリストをさししめしながら言うと、「スクルージさま、あるいはマーレーさま、どちらでお呼びすればよろしいでしょうか」と続けた。


「マーレーは亡くなってもう七年になりますよ」とスクルージは答えた「七年前になくなったんです、そう七年前の今晩に」


「まちがいなくマーレーさんの寛容なところは共同経営者の方にも受け継がれているんでしょうな」紳士は紹介状をさしだしながら口にした。


たしかにそうだった。というのは二人は同じ性格だったからだ。「寛容」という不吉な言葉を耳にすると、スクルージは眉をしかめ頭を左右にふり、紹介状をつっかえした。


「一年で一番おめでたい時期です、スクルージさん」紳士はペンを手にしてそう切り出した。「この季節にはいつもよりもっと貧しいものや困っている人へのちょっとの施しがいただけるとありがたいんですが。かれらは今でもすごく苦しんでいるんです。何千もの人々が日常の品々にも事欠くありさまで、何十万という人たちが快適な生活を送れないのです」


「監獄がないのかな?」スクルージは尋ねた。


「監獄は足りています」紳士は、ペンをふたたび置きながら答えました。


「貧民収容施設はどうでしょう?」スクルージはたたみかけた。「あれはまだちゃんとやってるんですかね」


「ええ、まだやってますよ」紳士は答えました。「私からすればやってないといいたいところですが」


「それに軽作業や貧民法も活用されてるんでしょうな?」


「二つともかなり活用されていますとも」


「あぁ、最初にあなたがおっしゃったことからすると、そういった仕組みがちゃんと使われなくなるようなことが何か起こったのかと心配しましたよ」スクルージはつづけた。「それを聞いてとても安心しました」


「多くの人たちにそういった施設ではクリスマスの喜びを肉体的にも精神的にももたらすことがむずかしいということで、」紳士は答えを返した。「われわれ数人が貧しいものにいくらかの食べ物と飲み物、暖めるものを買い与える資金を集めようとしているのです。われわれが今の時期を選んでいるのは、みなにとって、不足が切実であるととともに豊かさを享受できるときだからです。さて寄付はおいくらにしましょう?」


「いいや」


「匿名がよろしいのですか?」


「放っておいてもらいたいものだね」スクルージは言い放ちました。「わしが望むことを尋ねられたから、そう答えたまでだ。クリスマスにだってわしは楽しんじゃおらん。愚か者どもを楽しませる余裕なんざないよ。先ほどお話ししたような施設にもずいぶんお金をだしているんでね。暮らし向きの悪い人たちはそういったところに行くべきですな」


「そういったところに行かれない人も大勢いますし、そういったところに行くくらいなら死をえらぶものさえいます」


「死にたいなら」スクルージは即答しました。「そうした方がよかろうよ。余分な人口も減るだろうし。それに、もうしわけないが、そんなことは知ったこっちゃないな」


「ご存知のはずですが」紳士は異をとなえた。


「わしには関係ないよ」スクルージも反論した。「自分の商売のことをやるので精一杯なものでね、他人のことまでかまっちゃおれんよ。いつも自分のことだけでいっぱいいっぱいだよ。ごきげんよう」


自分たちの主張をいいはってみてもどうしようもないことは明らかだったので、紳士たちはひきあげていった。スクルージもすっかり自分のことを誇らしげに思いながら仕事にもどり、いつもよりすこし気分がよいくらいだった。


そのあいだにも霧と暗闇は濃さをまし、人々は炎のゆらめくたいまつをもち、馬車の馬の前でたいまつをかかげ、道案内をしていた。教会の古い塔、その荒々しい鐘はいつも壁のゴシック調の窓からスクルージをいつも陰ながら見下ろしていたものだが、その姿も見えなくなった。そして雲のなかで時間と十五分の間隔を知らせ、まるで向こうにある凍りついた頭で歯をがたがたいわせているかのようにその後に余韻がひびきわたった。寒さも厳しさをまし、中央通りの路地の隅では、何人かの労働者がガス管を修理していて、大きな火を焚き、そのまわりにはぼろぼろの服を着た男たちや少年の一団が集っていた。手をかざし、目はうっとり炎をみつめていた。消火栓はほっておかれたので、あふれた水はゆっくりと凍りつき、厭世的な氷の態をなしていた。ヒイラギの枝や実がウィンドウのランプの熱でパチパチと音をたてているところの店の灯りは、通り過ぎる人々の顔を赤くそめた。鶏肉屋や食料品店の商売はまったく冗談みたいなもので、はでな飾り付けがされ、取引や販売などといった当たり前のことが何らかの関係があるとはほとんど信じられないくらいだった。市長は公邸のなかで、50人からなるコックと召使にクリスマスを市長の家としてあるべきものとするように命じた。それにしがない仕立て屋でさえ、先週の月曜日によっぱらって道で流血沙汰をおこして五シリングの罰金を課されていたが、やせた妻と赤ん坊が肉を買いに出かけているあいだに屋根裏部屋で明日のプディングをかき回していた。


霧もふかくなり、寒さもました。突きさすような、厳しい、身にしみる寒さだった。もし聖ダンスタンがいつもの武器をつかうかわりにこんな天気で悪魔の鼻を一刺ししたら、悪魔は勇気をふりしぼるために大声をあげたことだろう。寸足らずの若々しい鼻の持ち主が犬が骨をかじるように空腹と寒さでさいなまれ、ぶつぶつこぼして、スクルージの事務所の鍵穴からクリスマスキャロルで楽しませようと立ち止まったところ、最初の歌いだしで、


神のご加護を、陽気な紳士たち

心配することは何もなし


スクルージが大急ぎで定規を手にしたので、歌い手は恐れをなして鍵穴から離れ、霧の中、そしてよりその気質にあった霜の中へと逃げ出していった。


ついに会計事務所を閉める時間がやってきた。いやいやながらスクルージは椅子から腰をあげ、監房で待ち構えている事務員にその事実を無言でみとめた。事務員はすぐにろうそくを吹き消し、帽子をかぶった。


「明日は一日休みがほしいんだろうな」スクルージは切り出した。


「よければ」


「よくないよ」スクルージは答えた。「フェアじゃないよ。だからって半クラウンをけずったら、虐待されてるとでも思うんだろう、そうだろう?」


事務員はかすかに微笑むだけだった。


「それに」スクルージは続けた。「おまえはわしを虐待してるとは思わんのだ。おまえが働いてないのに一日の給金を払うからといってな」


事務員は一年にたった一日のことだと反論した。


「毎年12月25日に人のポケットから金を掠め取ろうとするには陳腐な言い訳だな」スクルージは、立派なコートの襟までボタンをかけながらこぼした。「でもおまえは一日やすまざるをえんのだろう。次の日はそれだけ朝早くから来てもらうぞ」


事務員はそうしましょうと約束し、スクルージはぶつぶついいながら外にでていき、その瞬間、事務室は閉じられた。事務員は長く白い襟巻きを腰の下までぶらさげながら(誇れるような立派なコートを持っていなかったから)、コーンヒルを少年たちの列の端につらなりながら二十回は行ったりきたりしながら、クリスマスイブを祝って、目隠し遊びをするためにおおいそぎでカムデン・タウンの自宅へと急いだ。


スクルージは気の滅入る夕食をいつもの気の滅入る食堂でとると、いろいろな新聞を全て読み、自分の預金通帳をながめて楽しい夕べを過ごしていたが、家にかえり眠りについた。スクルージは貸間に住んでおり、そこは以前は死んだ共同経営者が住んでいたところだった。どの部屋も重苦しい気分にさせ、庭の上に建物が積み重なっていた。まるで小さい頃、他の家とかくれんぼをして走りこんだあげくに、隠れた場所から出る方法がわからなくなったのではと想像させるほど、不釣合いな場所にあった。ただその家はもう十分古く、荒涼としており、スクルージ以外は誰もすんでおらず、他の部屋は事務所として貸されていた。庭も暗く、すみからすみまでよく知っているスクルージでさえ、やむなく手探りで足を踏み入れるといったところだった。霧と霜は家の古く黒い門のあたりに立ちこめて、まるで天候の神様が入り口のところで深く考え込んでいるかのように思えた。


さて、これは事実だが、入り口のノッカーはたいそう大きなものだという以外にはこれといって特徴があるものではなかった。またスクルージがそこにすんでいるあいだ、朝夕にそれを目にしていたことは事実である。ただスクルージはロンドンのシティに住んでるいかなる人とも同じ位、いわゆる想像力というものは貧困だった。それにはいささか乱暴だが、行政に携わる人も市会議員も自由市民もふくまれていたといっていいだろう。もう一つ、スクルージはこの午後に七年前に死んだ共同経営者のことにふれただけでそれからは少しもマーレーのことには思いをはせなかったことは覚えておいていただきたい。とすると誰か説明できる人がいればわたしに説明していただきたいのだが、いったいどうしてスクルージがドアの鍵穴に鍵をさしたときに、ふとノッカーをみると、とくにかわったことが起きたわけでもないのに、それがノッカーではなくマーレーの顔に見えたなどということが起こったのだろうか。


マーレーの顔。それは庭にある物のような漆黒の闇にあったわけではなく、陰鬱な光があたっていた。その姿はまるで暗い貯蔵室の古くなったロブスターとでもいうようなものだった。怒っているわけでも、恐ろしい顔つきでもなかったが、かつてのマーレーのようにスクルージを見つめていた。つまりは、精霊のようなめがねを精霊のような額におしあげてスクルージの方をみていたわけだ。髪はまるで息がふきかけられているのか、熱気にさらされているかのように奇妙な動きをしていた。そして両目は大きく開かれていたが、微動だにしていなかった。そのようすと、鉛色の肌が事態を恐ろしいものとしていた。ただその恐ろしさは、顔の一部分や表情というよりは、顔ではなく顔からもたらされるものを超越しているようにも思われた。


そしてスクルージがじっとこの現象を眺めていると、それは再びノッカーへと姿をかえた。


スクルージがまったく驚かなかったとか、小さい頃からみたこともないようなものに対して恐ろしい感じを覚えなかったといえば、それは嘘になるだろう。でもスクルージはいったん放した鍵に手をかけ、しっかりと廻して、室内に足をふみいれ、ろうそくに火を点した。


ドアを閉める前にはちょっと躊躇して一呼吸おいたが、最初にそのドアの向こう側を注意深くのぞきこみ、それはまるでマーレーの弁髪が廊下に現れることを半分予期しているかのようだった。しかしドアの向こう側にはノッカーを留めているねじ以外は何もなく、スクルージは「はっ、はっ」といいながら、ばたんとドアを閉めた。


ドアをしめた音は家中にかみなりのように響き渡り、上の全ての部屋、階下のワイン商のセラーのすべての樽、別々に反響して響いたようだった。スクルージはこだまに驚くような輩ではなく、ドアをしっかりしめ、廊下を歩き、階段を上って行った。ろうそくの芯をととのえながら、ゆっくりと歩いて行った。


あなたがたは六頭立ての馬車が階段をさっそうと上がるだとか、最近国会を通過したひどい法案についてだとかについて漠然とお話しになるかもしれない。でもわたしが言いたいのは、この階段で霊柩車を上げることは可能だということで、横にして、馬車の横木を壁がわに、ドアを手すりがわにすれば、簡単なことだと。広さも十分だし、余裕もある。たぶんスクルージが霊柩車が自分の前の暗闇をうごいていくのを見たと思った理由はそんなことだろう。道路の6つほどのガス灯も入り口を十分照らしてくれることはなかったので、スクルージのろうそくだけではかなり暗いと思われた。


そんなことには少しもかまわずに、スクルージは階段を上がって行った。暗闇はなんといっても安くつき、スクルージは安くつくことがなにより好きなわけだから。ただ自分の部屋の重いドアを閉める前に、自分の部屋に入って全てがちゃんとしていることは確認した。そう確認したくなるほどには、顔のことを覚えていたというわけだ。


居間、寝室、物置。すべてが何事もなかった。テーブルの下やソファの下に誰かがいるというようなこともない。暖炉には小さな火がくべられており、食器も用意されていて、おかゆの入った小さなシチュー鍋が(スクルージは鼻かぜをひいていたので)、暖炉の横の棚に置いてあった。ベットの下にも誰もいなければ、クローゼットにも壁に怪しげにかかっていた部屋着のところにも人の気配はなかった。物置部屋もいつも通りで、古い暖炉の覆いと、古い靴、魚籠が二個、三脚の洗面台、火かき棒があるばかりだった。


すっかり満足して、スクルージはドアをしめた。そして錠をかけ、二重に錠をした。ただ二重に錠をするのはいつもの癖ではなかった。脅威に対してすっかり防御をかためてから、ネクタイをほどき、部屋着にきがえ、スリッパをはき、寝帽をかぶり、おかゆをすするために暖炉の前にこしかけた。


火はとても小さなもので、これほど寒さが厳しい夜もなかっただろうに、スクルージはせいいっぱい火に近づいて、ほとんど覆いかぶさるようにでもしないと、これほどわずかな燃料では暖をとることはできませんでした。暖炉も古く、どこかのオランダ人の商人から買い求め、古風なオランダのタイルがしきつめられ聖書を絵にしたかざりがされていた。カインとアベル、ファラオの娘たち、シバの女王、羽布団のような雲で地上へ降りてくる天使たち、アブラハム、ベルシャザル、舟に乗って海へとこぎだした十二使徒、スクルージの想像力をかきたてる何百という姿があり、そしてマーレーの顔。七年前に亡くなったのに、古代の預言者の杖のように姿をあらわし、全てを飲みこんでしまった。もしそれらのなめらかなタイルが最初から白地で、想像していたばらばらの断片からその表面にある絵が形づくられるなら、全てのタイルにマーレーの頭が浮かぶことになっただろう。


「ばかばかしい」スクルージはそうもらすと、部屋を歩きはじめた。


何度かいったりきたりした後、ふたたび腰をおろし、椅子に頭をもたれかけた。視線はふと呼び出しのベルに、今は使われていないけれど、部屋についているものに留まった。それは、建物の一番上の階のある部屋と今は忘れられた目的でなんらかの連絡をとるために使われていたベルだった。そして驚いたことに、薄気味悪いことでもあり、言葉にならないほど恐ろしいことでもあるのだが、スクルージが見ているとそのベルがゆれはじめた。はじめはゆっくりとゆれていて、音がするかしないかといったところだったのだが、だんだん音が大きくなり、それも家のすべてのベルが音をたてたのだった。


三十秒か一分ほどのことが、ただ一時間にも思われた。ベルははじまったときとおなじように全ていっしょに鳴り止んだ。まだカラン、カランという音が階下からは聞こえてきていた。まるでだれかがワイン商人のセラーの樽に重いくさりをかけて、引いているような音で、それでスクルージは、お化け屋敷では精霊が鎖を引いているということを聞いた気さえしたのだった。


セラーのドアがぶきみな音をたてて開き、スクルージの耳にはその音は階下でいっそう大きくなりひびいた。そして階段をのぼってきて、まっすぐ自分の部屋のドアのところまでやってくる。


「まったくばかばかしい」スクルージはひとりごちた。


ただすぐさま重いドアを通りぬけて、眼前に姿があらわれたときにはスクルージも顔色を失った。入ってくると、消えかかっていた炎がもえあがり、それはまるで「知ってるぞ、マーレーの精霊だ」とでも叫んだようで、すぐに元の大きさにもどった。


同じ顔、そうまったく同じ顔だった。弁髪のマーレー、いつものチョッキを羽織り、タイツを身につけ、ブーツをはいていた。ブーツのふさは弁髪のように逆立っていて、ひきずっていた鎖は腰まわりにからみついていた。長く、まるで尻尾のようだった。鎖は(スクルージがじっくりと観察したところでは)、金庫、鍵、南京錠、元帳、証書、鉄でつくられた頑丈ながまぐちなどで作られていた。マーレーの体は透きとおっていて、スクルージがよく観察すると、チョッキの向こう側がみえ、上着の二つのボタンがみてとれた。


スクルージはマーレーには腸がないときいたことがあったが、今までそんなことは信じてなかった。


いや今でもそんなことは信じなかった。目の前に立っている精霊の姿を何度も何度も見返し、その死んだように冷たいまなざしでぞっとし、頭やあごに巻きつけられていた折りたたまれたハンカチのようなものに気をとられたが、以前はそんなものはみたこともなかった。そしてまだスクルージは疑っていて、五感と戦っていた。


「どうしたのかな」スクルージはいつも通り皮肉っぽく冷静に言った。「わしに何かしてほしいとでもいうんだか」


「たんまりな」疑いなくマーレーの声だった。


「おまえは誰だ」


「誰だったかと聞くんだな」


「じゃあ誰だったんだ?」スクルージは声をあらげて尋ねました。「影にしちゃ、気難しいね」という言葉につづけて、「些細なところまで」といおうとしたが、場にそぐわないのでそれは控えた。


「現世では、おまえの共同経営者だよ、ジェイコブ・マーレーだ」


「どうだい、腰をおろせるのかい」スクルージは疑わしそうに見つめながらもそう勧めた。


「そうしよう」


「どうぞ」


スクルージがそう質問したのは、透明な精霊が椅子に腰をおろせるのかがよくわからなかったからだ。無理だった場合には困惑した説明をうけなければならなくなると思ったわけだ。ただ精霊は暖炉をはさんで反対側に腰をおろし、そうするのにはすっかり慣れているかのようだった。


「私の存在を信じてないな」精霊ははっきり言った。


「信じてない」スクルージ。


「目で見る以上にどんな証拠があれば私の実在が信じられるんだい?」


「わからない」


「自分の目を疑うのかい」


「いやつまらないことで影響をうけたりもするからな」スクルージは答えた。「胃の調子が少し悪くてもだまされたりするし、おまえさんは消化しきらなかった肉の端切れとかマスタードのしみとかチーズのかけらとか生煮えのじゃがいものかけらなんじゃないかい。何者だろうが、墓場より飯場といった風情だぞ」


スクルージはふだんはジョークをとばしたりすることはなかったし、このときも決して心の中ではおどけるつもりは毛頭なかった。じっさいのところは、平気を装ってみて、注意をそらし、恐怖に打ちのめされないようにしていたのだ。精霊の声はまったく骨の髄までしみわたるものだったから。


すわって、その微動だにしない目を見つめていると、いっときでも口をつぐんでいると悪魔でもみいられそうにスクルージは感じたのだ。精霊が悪魔のような雰囲気をかもしだしているところにもどこか非常に恐ろしいものがあった。スクルージは自分でそう感じたわけではなかったが、まさしくそういった状況におかれていた。というのも精霊はまったく動かずに腰をおろしているのに、その髪や裾やふさは、オーブンからの熱気にあおられているように揺れていたからである。


「この爪楊枝はみえるのかい?」スクルージは、いま挙げたような理由で攻勢に転じた。そして自分を見つめている微動だにしない視線を少しででも外してくれないかと望んだのだ。


「見えるよ」精霊は答えた。


「見てないじゃないか」とスクルージ。


「でも見えるんだよ」と精霊。


「そうか」スクルージは続けた。「ただこれを丸のみこみすりゃいいんだな。そうすりゃあとは自分でつくりだしたゴブリンの群れに一生追いかけられると。まったくばかばかしい。言ってやるよ、ばかげてるぞ」


その瞬間、精霊は恐ろしい叫び声をあげ、鎖を不吉なほどがちゃがちゃいわせ、スクルージは気を失わないように椅子に強くしがみつかなければならないくらいだった。ただスクルージの恐怖がどれほどのものになっただろうか、そう精霊が頭にまいていた布をまるで室内でこんなものを身につけているのは暑すぎるとばかりにとりさった際に、下あごが胸のところまでだらんと下がった時には。


スクルージはひざまづき、両手を面前であわせた。


「お許しください」スクルージはもらした。「恐ろしい精霊や、どうしてわしを苦しめるのじゃ」


「世俗にすっかりまみれたやつだな」精霊は答えをかえした。「おまえは私の存在を信じるのか、どうだ」


「信じます」スクルージは即答した。「信じますとも。ただいったいどうして精霊が地上を歩いたりしてるんです、そしてどうしてわしのところにやって来たんで?」


精霊が答えるには、「全ての人は内なる魂を同胞のあいだに広く歩きまわらせなければならないんだ、遠くまで幅広く旅させるわけだ。もし生きてる間にそうしなかったのなら、死んだ後にそうさせられることになる。世の中をさまよい歩く運命になるんだ、あぁ、なんてことだ! 分かち合うこともできないものをただ見るだけの運命だ。生きていれば分かち合えて、幸せになれたかもしれないものを」


ふたたび精霊は叫び声をあげ、鎖をゆらし、ぼんやりした両手で身悶えた。


「しばりあげられているのは」スクルージは震えながら尋ねた。「どういうことなんだ?」


「現世で鍛えた鎖でしばられてるんだ」精霊は答えた。「一輪ずつ、すこしずつ、伸ばして行ったのだ。自分自身の意思で身につけていったんだ。自分自身が望んで、しばられたんだ。おまえはこれに見覚えはないか?」


スクルージはいよいよ身震いが止まらない。


「あるいは」精霊は続けました。「こんなふうにおまえさん自身にきつく巻きついている重さと長さを知りたいかな? 七年前のクリスマスからでもこれくらいの重さと長さは十分あろうことだよ。それ以来、あんたはがんばってきたからな。ずっしりした鎖だよ」


スクルージは自分の周りにも五十や六十尋もあるような鉄の鎖が巻きついているのではと思って、自分のまわりの床を見まわした。ただその目には何も映らない。


「ジェイコブ」スクルージは、嘆願するように言いました。「ジェイコブ・マーレーや。教えてくれ、わしを安心させてくれ、ジェイコブ」


「何もいえない」精霊は答えました。「他の世界からやってくるよ、エベネーザー・スクルージ。他の私が他の種類の人のところへ運んで来るんだよ。言いたいことは言えないんだ。私に許されていることは、あとほんのちょっぴりだ。私には休息もなければとどまることもできないし、どこかに居座ることもだめなんだ。私の魂は自分の会計事務所から足を踏み出したことすらなかった、なんてことだ、生きているときには私の魂はお金を扱う狭い穴の中から這い出ようともしなかったのに、今は果てしない旅が私の前にはあるんだ」


考え込むときはいつも、ズボンのポケットに両手をつっこむのがスクルージの癖だった。精霊が言ったことをよく考え、視線は下をむけ、すわったままでそうしたのです。


「とてもゆっくり歩き回っているにちがいないな、ジェイコブ」スクルージは思いやりと敬意はこめながらも事務的な口調で言った。


「ゆっくりだよ」精霊もくりかえす。


「死んでから七年」スクルージは思いにふける。「そのあいだずっと旅をしていると」


「ずっとだ」と精霊。「休みもなく、安寧もなく。たえまなく良心の呵責に苦しめられながら」


「はやく旅はできないのか?」


「風のつばさに乗ればな」


「七年じゃ、さぞかしいろんなところへ行ったんだろうな」


精霊はこれをきくと、また叫び声をあげた。夜の静寂のなかで鎖をものすごい音でがちゃがちゃいわせ、それは行政が騒音で訴えてもおかしくないくらいの勢いだった。


「あぁ、囚われの、しばられた、手かせ足かせがかけられているものは」精霊は叫んだ。「なんにも知らないのだ。この世では不死身の存在による不断の働きは、善が全てに広まるまでには永遠の時を必要とするということを。小さな持ち場でいっしょうけんめい働くキリスト教徒の魂が、どんなものであれ、あまりに短いその生をどれほど有用なものと見い出せるのかも知らないのだろう。一生の機会を誤ったものは、どんなに後悔しようが償いがつかないということを知らないとは。なんてことだ、それが私だったんだ、そう他でもない私自身だったんだ」


「でもおまえさんはいつも有能な商売人だったじゃないか、ジェイコブ」スクルージは口ごもりながら言った、自分にもそれをあてはめて。


「商売!」精霊は両手をふるわせてさけびました。「人類のためになることこそが、私のやるべきことだったのだ。チャリティ、慈悲、寛容、博愛こそ私がやるべきだったことだ。私が商売でやっていた取引なんぞは、私がやるべきだったことの広大な大海のほんのひとしずくに過ぎなかったのだ」


精霊はまるでそれこそが尽きせぬ悲しみの源泉だといわんばかりに鎖を腕の長さだけもちあげ、ふたたび床にどしんと放り投げた。


「すぎゆく一年のこの時期には、私は一番苦しむのだ。なぜ仲間が群がる中を伏目で通りすぎたのか? 決して目をあげて賢者を貧しい家へと導いたあの大きな星をみなかったのか? その光が私を導いてくれるような貧しい家はなかったのか?」


「聞くがいい」精霊はさけびました。「私は行かねばならん」


「聞きます」スクルージは答えた。「でもわしをいじめんでください。ごちゃごちゃ飾りたてんでください、ジェイコブ。お願いだから」


「どうしておまえの前に目に見える姿で現れたかは、言えない。私は何日も見えない姿でおまえの側で腰をおろしてたんだがな」


スクルージはぞくぞくっと身震いし、額の汗をぬぐった。


「そうしているのも私の贖罪としては楽な部類じゃないんだ」精霊は続けました。「私は今晩おまえに警告しにここにやってきたんだ。おまえには私の運命からのかれるチャンスと望みがまだあるからな。私がもたらせるチャンスと望みがあるんだよ、エベネーザー」


「あなたはいつもいい友達だったよ」スクルージは言った。「ありがとう」


「おまえは三人の精霊の訪問をうけるだろう」


スクルージの頭は、精霊の頭が落ちたのと同じくらいがっくりとさがった。


「それがあなたが言ったチャンスと望みなんですか、ジェイコブ」スクルージはどもりながら問いただした。


「そうだ」


「わしは、わしにはそうは思えませんが」


「三人が訪問しなければ」精霊は続けました。「私が歩んでいる道を避けることは望むべくもないな。最初は明日で、鐘が一時を知らせたらだよ」


「一度に全員来てもらうわけにはいきませんかね、それで全部まとめておしまいと、ジェイコブ」


「二番目は次の晩の同じ時刻。三番目はその次の晩の十二時の鐘の最後の音がなりやんだときに。もうそれ以上私を見ることでなく、自分のために、私とのあいだで交わされたことによく注意を払うように」


これを言い終わると、精霊はテーブルからほうたいを手に取り、前と同じように頭にまきつけた。スクルージにも下あごがほうたいでもちあげられて歯がカチリと鳴らした音でそれがわかった。思いきってふたたび視線をあげると、信じられない訪問者はすくっと立ち、鎖が体と腕にまきついた状態で彼と対面していた。


精霊は後ずさり、一歩、また一歩、そのたびに窓が少しずつせりあがり、精霊が窓のところまで来たときには大きく開いていた。精霊はスクルージにこちらにこいと手招きをして、スクルージもその通りにした。お互いに二歩の距離のところまできたときに、マーレーの精霊は手をあげ、それ以上近づかないように注意した。スクルージは立ち止まった。


マーレーに従ったというよりは、驚きと恐怖のあまりということだったが。というのも手をあげたときに、スクルージはなんともいえない音がひびくのを感じたからだ。ばらばらの悲しみと後悔の入り混じった音だった。筆舌に尽くしがたい悲しみと自責の念。精霊は一瞬耳をすますと、悲しみに満ちた歌に加わった。そして荒涼とした漆黒の夜へとふらふら出て行った。


スクルージは好奇心で我をわすれ、窓のところまでその姿をおい外を見た。


外には精霊がたくさんいて、落ち着かない様子でうめき声をあげながらあちこちをさまよい歩いていた。全員がマーレーと同じような鎖を身につけていた。何人かは(一緒に罪を犯したものたちだろう)一緒につながれていた。だれも鎖を身につけていないものはなかった。多くは生きているときにスクルージの個人的な知り合いだった。その中の老人の精霊とは特に親しくしていて、白いチョッキをきて、くるぶしのところに巨大な鉄製の金庫をつけていて、階段のそばにいる子供を連れた不幸な女性を助けられないことに嘆き悲しんでいた。かれらがみな不幸なことは明らかだった。人間の世界における善とのふれあいを求めているのだが、永遠にその力を失ってしまったのだ。


こうしたものたちが霧の中へと消えて行ったのか、霧がこうしたものたちを飲みこんだのか、スクルージにはわからなかった。でもその姿と声は一緒に消えて行った。そして帰宅したときと同じような夜がやってきた。


スクルージは窓をしめ、精霊が入ってきたドアを調べて見た。自分の手で施錠したときのまま二重に錠がかかっており、ボルトもゆるんでいなかった。スクルージは声にだしてみようとした。「ばかばかしい」と。でも気持ちが高ぶり、そうすることはやめた。1日の疲れか、目に見えない世界を見てしまったからか、夜更けだったからか、睡眠が必要だった。まっすぐベットへ向かい、部屋着のまま、すぐに眠りについた。




第2章:三人のうち最初の精霊


スクルージが目を覚ましたときあたりはとても暗く、ベットからでてみると寝室のくすんだ壁とすきとおった窓の区別がほとんどつかないくらいだった。探るような目で暗闇を見通そうとしたが、そのとき近くの教会の鐘が45分をしらせスクルージは何時かをききとろうとした。


びっくりぎょうてんしたことに、荘厳なる鐘は六、七、そして七、八、とうとう十二で終わった。十二時とは。自分がベットに入ったのは二時をすぎていた。時計が狂ってる。つららででも入ったに違いない、十二時とは。


スクルージはこの途方もない時刻をただすために自分の時計のボタンをおした。そのせわしげな小さな音は12回なりひびき、そしてとまった。


「なんだって、ありえないぞ」とスクルージはひとりごちた。「まるまる一日眠りこけてて、次の日の夜になっただって。太陽がどうかしちまったにちがいない、昼の十二時だよ」


この考えはもっともに思えたので、ベットから飛び出ると、手探りで窓の方まで行った。部屋着のそでで霜をおとさなければ何もみえなかった。ただそうしてみても、ほとんど何も見えなかった。分かったことといえば、まだすごく霧がかかっていてとても寒いということ、そしてあちこちを走り回っていたり、あわてふためいてる人の音は聞こえなかったということだ。もし夜が昼を駆逐しずっと夜のままになってしまったら、まちがいなく騒がしかっただろうから、これでまぁ一安心というわけだ。というのも「エベネーザー・スクルージの指定どおりこの小切手が一覧されてから三日後には支払うこと」などというのは、数えるべき日がなければたんに国が保証してくれるものにすぎなくなってしまうだろうから。


スクルージはふたたびベットにもどると何度も何度もそのことについて考えたが、結局考えはまとまらなかった。考えれば考えるほど、わけがわからなかった。そして考えないようにすればするほど、どうしても思いはそこへともどってしまうのだった。


マーレーの精霊がとくに気にかかった。すべては夢だったんだとじっくり考えて自分の中で考えがまとまるたびに、また強いばねがはじけるように最初にもどってしまい、始終同じ問題が心にうかんできた。「あれは夢だったのか、あるいはそうではないのか」


スクルージは鐘が45分をしらせるまでそんなことを考えていたが、とつぜん精霊が鐘が一時をしらせるときに訪問があるということを警告したのを思い出した。そしてその時間まで起きていることにした。寝ないことが天国にいけないことと同じだとおもえば、たぶん寝なかったのは出来るだけのこととしては一番賢いことだろう。


あと15分はとても長く、無意識のうちにも眠りにつきそうになって、時計を聞き逃したのではと思うのも一度や二度ではなかった。とうとうスクルージの耳にも鐘の音が響いた。


「ガラン、ガラン」


「15分」スクルージは数えながら言った。


「ガラン、ガラン」


「30分」


「ガラン、ガラン」


「あと15分」


「ガラン、ガラン」


「時間だ」スクルージはかちほこったようにもらした。「でも何も起きない」


スクルージが言葉をもらしたのは鐘が鳴り響く前で、いま荘厳で鈍くどこかうつろで憂うつな鐘の音が響いた。その瞬間に、部屋に光がさし、ベットのカーテンが開いた。


ベットのカーテンは開いた、ちゃんと言おう、そう、一つの手で。それも足や背中の方のカーテンではなく、まさしく顔が向いている方のカーテンだ。ベットのカーテンは開いた。そしてスクルージはいそいで体を半分おこし、カーテンをひいたこの世のものではない訪問者と正面から向き合うこととなった。


訪問者のすがたは奇妙なものだった。子供のようでもあり子供というよりは老人のようでもあり、この世のものではないふうに見えるので、姿がうすれていき子供の背格好にまで縮んだとでもいうようだった。髪は首と背中までたれさがり、年をとっているかのように真っ白だった。ただ顔にはしわが一つもなく、肌は若い人のものだった。腕はとても長く筋骨たくましかったし手も同じで、まるでとんでもない力でものを掴むかのようだった。そして足もすらっとしていて、腕とおなじくらいむきだしになっていた。まっしろなガウンをはおっていたが腰のまわりにはかがやくベルトをしており、その衣装は本当にうつくしかった。手には若々しい緑のヒイラギの枝をもち、それは冬のしるしにもかかわらず、装いには夏の花がかざられていた。しかし全体で一番奇妙だったのは、頭にいだかれた冠から光の洪水があふれていることだった。そのおかげでさきほどのようなことが全部みてとれたのだ。そしてもっと光を弱めたい場合は、まちがいなく今は脇にはさんでいる大きなろうそく消しを帽子にして使うんだろう。


ただスクルージがだんだん落ち着いて見てみると、このことでさえ一番変わっている特徴とはいえなかった。というのは、ベルトがある場所できらっと光ると、次には別の場所で光り、あるときは明るく次には暗く、だから全体の姿も形をかえ、今は手が一本と思うと次のときには足が一本、そして足が二十本、頭がない二本足、体がなく頭だけといった具合だった。体もどろどろにとけ、輪郭も漆黒の闇に溶けてはっきりとしなかった。ただすごく不思議なことにそうなっていてもまた元にもどり、明確な輪郭のはっきりした姿になるのだった。


「あなたは、わしのところに来る予告されていた精霊でしょうか」スクルージは尋ねてみた。


「そのとおり」


声はやさしく落ち着いていた。すごく低い声で、まるですごく側にいるのではなくずっと遠くにでもいるかのようだった。


「どなた、というかあなたは何なのですか」スクルージはたたみかけた。


「昔のクリスマスの精霊だよ」


「ずっと昔のですか」スクルージは、その小柄な姿を目にしてたずねた。


「いやおまえの昔だよ」


たぶん誰かに聞かれてもスクルージにもどうしてか説明できなかっただろうが、かれは精霊が帽子をかぶっているところを見てみたくなり、かぶってほしいとお願いした。


「なんだと」精霊は声をあらげました。「世俗にまみれた手で私の光をこんなにすぐに消すつもりとはな。おまえは、こういった帽子をつくるのに情熱をかたむけ、わたしに目深にこれをかぶらせようと永遠とがんばっているうちの一人だってことで十分じゃないのか」


スクルージはうやうやしく、あなたの気に障ることをわざとしたり、自分としては精霊にむりやり帽子をかぶせようとするなんてことはいままで思いもよらなかったと言い訳をした。それから大胆にもどうして自分のところにやってきたのかを尋ねた。


「おまえの幸せのためだよ」精霊は答えた。


スクルージはとても感謝しているといったが、夜の眠りを邪魔しないでくれた方がどれだけ自分の幸せになっただろうかと考えずにはいられなかった。精霊はまるでスクルージの考えをよみとったように、すぐにこう言った。


「おまえの更正のためだと言ったほうがいいみたいだな、さて」


そして話しながら手をさしのべると、やさしく腕をまわした。


「起きて、わたしと一緒に歩くんだ」


スクルージが天候と時刻が歩き回るのにはふさわしくないと嘆願しても無駄だっただろう。ベットは暖かく温度計は氷点下をさしていたとか、薄着ではいてるものといったらスリッパと部屋着とナイトキャップだけで、そのとき風邪をひいてるといったところで無駄だっただろう。手は女性のようにやさしかったが、抗いがたいものだった。スクルージは起き上がり、精霊が窓の方へと行くのを目にして、上着をつかみ嘆願した。


「わしは人間だよ」スクルージは異議を申し立てた。「下に落っこちまう」


「そこにわたしの手がふれるから我慢するんだな」精霊はそう答え、心臓の上に手を置いた。「そうすればこういった場合だけじゃなくても支えてやれるからな」


そういっているあいだにも、壁を通り抜け、かれらは左右に畑がひろがる田舎のひらけた道にたっていた。街は姿を消しあとかたもなかった。暗闇と霧もともに姿をけし、そこははれやかで冷ややかな冬の日であり地面には雪がつもっていた。


スクルージはあたりをみまわし両手を組み合わせ、声をあげた。「わしはこの土地で育ったんだ、子供のころここにいたんだ」


精霊はやさしいまなざしでスクルージを見守った。精霊がやさしくふれたのは、軽くほんの一瞬だったが、老人の感覚ではずっとそこにあるかのようだった。スクルージは、さまざまなたくさんの香りがあたりにはただよっているのに気づいた。それぞれのさまざまな香りはさまざまな長いあいだ忘れ去られていた考えや希望、喜び、気づかいに結びついていた。


「おまえの唇はふるえてるな」精霊は言った。「ほおには何かついてるぞ」


スクルージはいつもとは違う声でもごもごと、にきびだと答えた。そして精霊に行きたいところに連れて行ってくれと頼んだ。


「この道をおぼえているか」精霊はたずねた。


「覚えている」スクルージは熱のこもった声で答えた。「目をつむったって歩けるよ」


「なんだってこんなに長いあいだ忘れていたのかな」精霊はつぶやいた。「さぁ行こうか」


二人は道を歩いていって、スクルージはすべての門、ポスト、木を覚えていた。そして小さな市のたつ町が遠くにあらわれ、橋、教会、曲がりくねった川があった。毛足のながい小馬が何頭かかれらの方に歩いてきて、その背中には少年がのっているのが目にとまった。その子供たちは農民たちが駆っている軽馬車にのっている他の少年たちに声をかけていた。そういった子供たちは元気一杯でおたがいにどなりあい、とうとう広い野畑が軽快な音にみちて、さわやかな大気が笑い出したかのようだった。


「これらはかつて存在したものの影にすぎない」精霊は語った。「わたしたちの存在には気づかないんだよ」


陽気な一団がやってきて、スクルージはそのひとりひとりの名前をあげることができた。いったいどうしてかれらの姿をみてスクルージはこの上ない喜びを感じたのか? いったいどうしてその冷たい目は涙にぬれたのか、またかれらが通り過ぎていくときにはげしい動悸がしたのか。かれらがお互いにメリークリスマスと、辻やわき道で自分たちの家へと別れるときに声を掛け合うのが聞こえたのがどうしてこれほど嬉しかったのか。メリークリスマスが、スクルージにとってなんだというんだ。メリークリスマスだって。いままでメリークリスマスがスクルージになにかをしてくれたとでも言うのだろうか。


「みんなが学校からかえってきたわけじゃない」精霊は言葉をもらした。「ひとりだけ、友達からも仲間はずれにされて、そこに残っている子がいる」


スクルージは自分もわかっていると、うなずいた。


ふたりは大きな道をはずれて、よくおぼえているわき道へと入っていった。するとすぐにくすんだ赤いレンガでできていて、小さな風見鶏がのっている丸屋根でベルがついている大きな建物についた。そこは大きな家だったが、破産した家だった。というのも広々とした部屋もほとんど使われておらず、壁はしめっていてコケむしており、窓は割れていて門も朽ち果てていた。鶏が小屋でコッコと鳴き声をもらし歩き回り、馬車入れや物置小屋には雑草がおいしげっていた。そして室内にもむかしの面影はとどめていなかった。荒涼としたホールを入っていくと多くの部屋のドアが開きっぱなしで、のぞいてみると家具もほとんどなく寒々しく広々としていた。空気には土臭さがあり冷え冷えとしていて、それはろうそくはたくさん立っているのだが、食べるものはそれほどないという光景を連想させた。


精霊とスクルージはホールをよこぎり、家の裏手のドアまでやってきた。ドアがあくと広々とした何もない陰鬱な部屋が姿をあらわし、かざりもなにもない松材のいすや机がいくつかならんでいるのがいっそうむきだしな感じを与えていた。そのひとつで、ひとりの少年がわずかな暖のそばでだが読書をしていた。スクルージも椅子のひとつに腰をおろし、かつての忘れ去った自分の姿を目にして涙をながした。


家の中では物音ひとつも、壁のむこうからネズミがチューチュー鳴いたりばたばたしているのさえ、あるいは荒れた裏庭で半分こわれた雨どいから水がもれる音も、元気がないポプラの葉のない大枝のため息も、空の貯蔵庫のドアが無駄に開いたり閉じたりしているのも、暖炉の火がはじけるのでさえ、そのどれもがスクルージの心をなごませ、そしていっそうスクルージに涙をあふれさせた。


精霊はスクルージの腕にふれると、熱心に本を読みふけっている昔のスクルージ自身を指さした。とつぜんひとりの男が外国風の衣装をまとって、見た目は立派で目立つふうだったが、窓の外にたっていた。ベルトに斧をはさみこみ、薪をつんだロバの手綱をひいていた。


「あぁ、アリババさんだ」スクルージは感極まって言葉をもらした。「なつかしい素敵なアリババさんだ。そうだ、そうだ。あるクリスマスのとき、あのひとりぼっちの子供がここでひとりっきりだったときに、アリババさんははじめてああいう風にきてくれたんだ。かわいそうな坊や、それにバレンタインも」スクルージは続けた。「それからあの乱暴な兄弟のオルソン。みんないっしょだった。それにあいつの名前、ダマスカスの門で眠ったまま、股下をはいたまま置いていかれた奴。あれが見えるでしょう。それに守護神によってさかさまにされた悪魔の馬丁。ほらさかさまになっている。お似合いだよ。うれしいな。なんだってあいつがお姫様と結婚しなきゃならないんだ」


スクルージがこんなことについて、笑っているとも泣いているともつかないような興奮した声で心のそこから熱心に語っているのを聞いたり、その高調し興奮した顔をみたなら、街でふだんのビジネスの付き合いのある人たちはどれほど驚いたことだろう。


「オウムだ」スクルージはさけびました。「緑の体に黄色の尻尾、頭の上にはレタスみたいなものがついてる。あいつだ、そうロビンソー・クルーソー。島を一周して帰ってきたときに、オウムが呼びかけている『ロビンソー・クルーソー、どこにいってたの、ロビンソー・クルーソー』夢をみていたのかと思っていたがそうではなく、オウムだったわけだ。フライデーもいる。入り江をめざして全速力で駆けている。おーい、おーい」


それから急にいつもの様子とはうってかわって、昔の自分をあわれんでこうもらした。「かわいそうな子供だ」そしてふたたび泣き始めた。「でももう遅すぎる」


「どうしたんだい」精霊はたずねた。


「なんでもないです」


精霊はおもいやりのある笑顔をみせ、「さて別のクリスマスを見に行こうか」といいながら手をふった。


スクルージの子供の姿は一瞬にして大きくなり、部屋は少し暗くそして汚くなった。窓枠はちぢみ窓にはひびがはいっており、せっこうのかけらが天井からおちてきて、そのかわりにはだかの下地が姿をみせた。ただいったいどうしてこういうことが起こったのかは、スクルージにもまったくわからなかった。スクルージにわかっていたことは、ただこれがきわめて正しいことだということだった。なにもかもが起きるべくして起こったことであり、そしてふたたび他の子供たちが楽しい休暇で家に帰ったのに、スクルージはまたもやひとりぼっちだった。


スクルージはこんどは本をよんでおらず、肩をおとしてうろうろ歩き回っていた。


スクルージは精霊の方をみて、悲しげに頭をふり、心配そうにドアの方をみやった。


そしてドアがひらき、少年よりもっと小さな少女がかけこんできて、両腕を首に回してなんどもキスをして、「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と興奮しながら口にした。


「わたしはお兄ちゃんが家にかえってこれるようにきたの」少女は小さな手をたたいたり、笑いころげながらそういった。「家に帰ってきてよ、家に」


「家にだって、ファン」少年は答えた。


「そう」よろこびいっぱいの少女が返事をした。「家にね、それもずっと。家なの、それもいつまでも。お父さんは前よりずっとやさしいから。家は天国みたい。お父さんがある素敵な晩に寝るときわたしにやさしく話しかけてくれたから、わたしもおもいきってお兄ちゃんが家に帰ってきたらどうかしらってもう一回おねがいしてみたの。そうしたらお父さんはうんっていったわ、帰ってこいって。で、わたしを馬車に乗せて迎えにやらせたの。お兄さんも大人になるんだし」少女は両目を見開いてつづけた。「ここにはもうもどってこなくていいでしょ。でもその前にいっしょにクリスマスを過ごせるの、すっごくすてきなクリスマスをね」


「おまえはまったく大人だよ、ファン」少年も声をあげた。


少女は両手をたたき笑い転げ、少年の頭にさわろうとした。でもあまりに小さかったので、また笑い転げ、つまさきだちして少年をだきしめた。それから子供みたいに一生懸命兄をドアの方へとひきずっていき、少年もよろこんでそれに従った。


「スクルージの荷物をここへ持って来い」という恐ろしい声がホールにひびき、校長が姿をあらわし、スクルージを見下すような態度で一瞥すると、握手をしてスクルージをふるえあがらせた。そして二人をまるで古い井戸の中といったような寒さでぞくぞくするような客間へまねきいれ、そこはいつもぞくぞくするような感じで、壁の地図も、窓のところの天体儀と地球儀も寒さで青白く見えた。ここで校長はふしぎなほどさっぱりしたワインとふしぎなほどくどいケーキをもちだしてきて、二人にすすめてくれた。それからやせこけた召使に御者にもなにかいっぱいすすめるよう申し付けた。ただ御者はお礼は言ったが、前にいただいたのと同じならけっこうです、と答えたということだった。そのときまでにはスクルージのトランクも馬車の上に積みこまれ、子供たちは喜び勇んで校長に別れをつげ馬車にのりこみ、楽しそうに庭の方へと去っていった。馬車の軽快な車輪は、常緑種の濃緑の葉っぱからスプレーのように白霜や雪をまきちらした。


「いつもはかなげな娘で、一息でふきとんでしまうほどだったな」精霊はそうもらした。「でも心は広い娘だった」


「そのとおり」スクルージはさけんだ。「まったくそうだ。わしも否定せんよ、ぜったいに」


「彼女は大人になって亡くなったが」精霊はつづけた。「わたしが思うには子供が何人かいたと思ったがな」


「一人」


「そうだ」精霊は言った。「あの甥だよ」


スクルージは心中おだやかでなかったようだったが、短い答えをかえした。「そうだ」


その瞬間に二人はそうした人々をあとにして学校を離れ、街の人通りの激しい大通りにやってきた。その大通りでは影のような通行人が行き来をしており、影のような荷車や馬車が道をあらそっていた。そうした争いと騒ぎはまるで本当の街そのものだった。店のかざりをみれば、今が再びクリスマスの時期であることは明白だった。でももう夕方で、通りはライトアップされていた。


精霊は、一軒の店のまえで立ち止まり、スクルージにここを知っているかたずねた。


「知ってるかだって」スクルージはさけんだ。「わしはここで丁稚奉公してたんだ」


店にはいっていくと、ウェールズ風のかつらをつけた老人が高い机のむこうに座っているのが目に入った。


「あぁ、フェジウィッグさんだ。なんてことだ、フェジウィッグさんが生き返った」


フェジウィッグはペンをおき、時計をみあげ、それは7時を指していた。両手をこすると、ゆったりしたチョッキを正し、つまさきから慈悲を感じる部分までをふるわせ一人で思い出し笑いをした。そして耳に心地よい、テンポのいい、ふかみのある、豊かで楽しげな声で名前をよんだ。


「おい、ネーザー、ディック」


昔のスクルージはもう若者になっていて、急いでいっしょの見習いと部屋にはいってきた。


「確かにディック・ウィルキンだ」スクルージは精霊にささやいた。「なんてことだ、そう、あいつに違いない。わしとどこに行くのでもいっしょだった。ディックだ、そうディックだ。あぁ」


「さて、おまえたち」フェジウィッグは話しかけた。「今晩は仕事はおわり。クリスマスイブだものな、ディック。クリスマスだぞ、エベネーザー。店を閉めるんだ」フェジウィッグはぱんぱんと両手をたたきながら、声を大きくした。「いますぐだ」


そして見習二人がどんなふうに取りかかったか。通りに戸板をもってとびだし、一、二、三、戸板をはめこみ、四、五、六、横木をわたし固定して、七、八、九、と十二まで数え終わらないうちに競走馬のように息をきらしてもどってきた。


「でかした」フェジウィッグはさけぶと、高い机からすばらしい身のこなしで飛び降りて、「片づけるんだ、ぼうやたち。ここにスペースをつくろう。そらそら、ディック。ほらほら、エベネーザー」


片づけ。フェジウィッグがみていて、片付かないもの、あるいは片づけられないものは何もなかった。すぐに片づけがおわり、動かせるものはまるで永遠にみんなの目前からなくなってしまうかのように片づけられた。床をはき水がまかれランプは調整され、暖炉には燃料がたっぷりくべられた。お店は、気持ちのいい暖かなすっきりとした輝くダンスルームになった。冬の夜にはだれもが目にしたいと望むようなところだ。


そこに楽譜をもったフィドル奏者がやってきて高い机に陣取り、そこを音楽をかきならす場所として、50人もの胃が痙攣しているかのようにチューニングをした。満面に笑みをうかべたフェジウィッグ夫人がやってきて、三人の明るく愛らしいフェジウィッグの娘たち、娘たちに心を奪われた六人の若者たちもやってきた。召使もいとこのパン屋をつれてやってきた。コックは、兄の親友だという牛乳配達をつれてやってきた。わざわざやってきた男の子もいて、どうやら主人からは満足に食べさせてもらってないようだ。かれは隣の店の少女の影にかくれながらやってきて、ただその少女も店主に耳をひっぱられてやってきたことがわかったのだが。次から次へと人がやってきた。恥ずかしそうに入ってくるものもあれば堂々としているものもいて、上品なものもいれば下品なものもいて、引っ張ってくるものがあれば引っ張られてくるものもいた。とにもかくにも、みんながやってきた。すぐに20組の組み合わせができ手をとりあって部屋を半分まわり、反対側を引き返してきた。部屋の真ん中まで行っては引き返してきて、仲の良いグループがさまざまな形でくるくるまわって踊っていた。先頭のカップルはいつも間違った場所で曲がっていって、新しく先頭になったカップルがその場所にくるとすぐに再び同じことを繰り返し、しまいには列の最後までばらばらになってしまった。そうなったところで、フェジウィッグが手をうちならしてダンスを止めさせて、大声をあげた。「いいぞ」そしてフィドル奏者は火照った顔を特別そのためにあつらえられた冷たい水にひたした。ただ休んでいられるかとばかりに、顔をあげ、すぐに再度演奏しはじめた。ただまだダンスをするものがいなかったので、まるで前のフィドル奏者がつかれはてて家に戸板にのせて連れて帰られ、次に新しい奏者が現れすっかり前の奏者に打克つか、死ぬまでがんばるといった具合だった。


ダンスはもっとつづき、罰金をとる遊びがあり、またダンスをやり、ケーキ、ニーガス酒、つめたいロースト肉とつめたい煮た肉がたっぷりあった。そしてクリスマスに食べるひき肉入りの小さなパイがあり、ビールがたっぷりあった。ただこの世の一番の見ものはローストや煮た肉のあとにやってきて、それはフィドル奏者がサーロジャー・デ・カバリーをうちならしはじめたときだった。そしてフェジウィッグが夫人とダンスをはじめた、それもトップとしてで、二人にとってはずいぶんとやっかいなダンスだったのだが。三組か四組そして二十組が進み出て、いずれもダンスに自信がある組で、歩くなんて思いもよらずいつもダンスをしている連中だ。ただ倍の人数でも、いや4倍でも、フェジウィッグと夫人は立派にはりあえたことだろう。夫人もありとあらゆる点から、フェジウィッグの立派なパートナーだった。もしまだ誉めたりないというなら、もっといい誉め言葉を教えてもらえれば、それを使おう。フェジウィッグのふくらはぎからは火花がはっきりと出ているようで、ダンスとありとあらゆるところが月のように輝いていた。いつのどのときでも、次にどのようなダンスがくりひろげられるか予言することはできなかっただろう。フェジウィッグ夫妻はダンスを最後までおどり、前にでて下がり、両手をパートナーとつないで、お辞儀をして、コークスクリューやスレッド・ザ・ニードルなんかをこなし、元の場所にもどった。フェジウィッグはとつぜんダンスをとめた、ものすごく上手くとめたので、両足がウインクをして、まったくよろめくこともなく再び立ったように見えたくらいだった。


時計が11時を知らせたとき、この内輪でのダンスはお開きになった。フェジウィッグ夫妻もドアの両側の位置に立ち、一人一人出て行くときに握手をかわし、メリークリスマスと声をかけた。二人の見習をのぞいて全ての人が帰ったときに、夫妻は二人にも同じように挨拶をした。そうぞうしい声も小さくなり、見習の二人も店の奥のカウンターの下のベッドへ入った。


そうしたあいだ中ずっと、スクルージは放心した男のようだった。自分のすがたとディックの明るい顔がみえなくなってはじめて、精霊のことを思い出し、精霊が頭の上にとても明るいあかりを灯しながら、自分のことをずっと見ていたことに気づいた。


「なんでもないことだな」精霊はつぶやいた。「こうしたつまらないやつらをどんなに喜ばせたって、なんでもないことじゃないか。あの男はこの世でいうお金を数ポンド費やしただけだろ。たぶん3、4ポンドといったところだ。これほど褒め称えられるのに値することかい?」


スクルージは精霊の視線を感じて、立ち止まった。


「どうしたんだ」精霊はたずね、


「別に」とスクルージは答えた。


「どうかしているようだがね」


光景の中の自分はランプを消した。スクルージと精霊はふたたび横に並んで外へと出て行った。


「時間がない」精霊は早口でいうと「急げ」と続けた。


これはスクルージに向かっていったのでも、目に見える誰に向けたというのでもなかったが、すぐさま効果があった。ふたたびスクルージは自分の姿を目にすることになった。少し年をとり、青春をむかえていた。スクルージの顔には年をとったときの厳格さや厳しい様子が見られなかったが、不安と貪欲さの兆候は見受けられた。目にはいきごんでいる貪欲さ、落ち着きのない様子があり、それはすっかり性格に根をおろした情熱を示しており、大きくなっていく木がその影を落とすだろうところでもあった。


一人ではなく、喪服をきた美しく若い娘がそばにこしかけていた。その目には涙があり、過去のクリスマスの精霊による光できらめいていた。


「なんでもないことだわ」娘は優しく口にした。「あなたにとってはどうでもいいこと。他の幻想がわたしにとってかわっただけですもの。もしわたしがそうしようとしてきたように、これからそれがあなたを勇気づけて喜ばせるなら、わたしが悲しむ理由はなにもないわ」


「どんな幻想が君にとってかわるっていうんだい」スクルージは口をはさんだ。


「お金よ」


「それが世の中の公平な扱いというもんじゃないのかな」スクルージは続けた。「貧乏ほどつらいものがあるかい。豊かになろうと一生懸命になることほど否定しようとするのが難しいものはないな」


「あなたは世の中を恐れすぎているの」娘はやさしく答えを返した。「あなたのお金以外への希望はすべて、お金に関する非難をうけたくないという希望になってしまったんだわ。わたしはあなたの高いところをめざす大志がひとつひとつ無くなっていくのを目の当たりにしたもの。で、結局、儲けることだけでしょ、あなたの心をしめているのは。そうじゃない」


「だからどうだっていうんだい」スクルージは答えた。「ぼくが年をとってそれだけ賢くなったからといって、それがどうしたっていうんだよ。君に対する態度は変わらないじゃないか」


娘は頭をふった。


「変わったとでもいうのかい」


「わたしたちの約束は昔のことだわ。貧しかったけど、それでも満足してたころのね。近い将来に一生懸命がんばればこの世の豊かさはすこしづつよくなっていくと思えたもの。あなたは変わったわ。変わって、別の人になってしまったの」


「ぼくは子供だったんだよ」スクルージは我慢強くいった。


「自分でも昔の自分ではないことは分かるでしょう」娘は答えた。「わたしにも分かるわ。二人の心がひとつだったときに幸せを約束してくれたものは、心がばらばらになってしまった今となっては惨めなだけよ。どれくらいたくさん、そして真剣にわたしがこのことを考えたと思う? 言いたくないけど。そのことを考えてあなたと別れるっていうだけで十分でしょう」


「ぼくが別れて欲しいって言ったかい」


「言葉の上では、たしかに言ってないわ」


「じゃあどうやって言ったんだい」


「性格がかわり、心がかわり、生活態度がかわって、最後に目指す希望が変わったことでよ。あなたがみて、わたしの愛をすこしでも価値がある貴重なものとしてくれた全てのことで。もしそんなものがわたしたちの間になかったとしたら、」娘は、穏やかだがしっかりとスクルージを見てつづけた。「言葉にだして言って、今わたしのことを探し求めてわたしの愛を勝ち取ろうとするかしら? なんてことでしょう」


スクルージはその推測が当たっていることに我を忘れて屈しそうに見えた。でもなんとか意思をふりしぼりこう答えた。「本気でそう思ってるわけじゃないだろう?」


「もしそうならどんなに嬉しいことでしょう」娘はそう答えると、「でも確かに心からそう思ってるの。わたしがこの事実をさとったとき、この事実がいかに強いものであらがえないものなのかを知りました。でももしあなたが今日も、明日も、昨日も自由に行動できるとしたら、わたしはあなたが持参金をもたない女を選ぶなんてことは信じられないわ。どんなに親しい仲でも、なにより損得を大事にするあなたが。でも一時の気まぐれで自分の主義に反して、そういう女を選んだとしても、あとになってぜったいあなたが後悔してくやまないとはわたしには確信できないの。いやあなたは絶対後悔するわ。わたしはあなたと別れてあげます。あなたのことを思って、あなたのかつての愛のために」


スクルージは口を開こうとしたが、娘の顔はスクルージを避けたままで、娘は続けた。


「あなたもこのことで心を痛めるかも。過去の記憶であなたがそうであってほしいと思うけど。でもとてもとても短いあいだのこと。一円のお金にもならない夢として、そんな思い出は喜んですてるでしょうから。目がさめてよかったと思ってね。どうかあなたの選んだ道でお幸せに」


娘はそういってスクルージのもとを離れ、二人は別れた。


「精霊や」スクルージは言った。「これ以上見せんでくれ。家につれてかえってくれ。こんなにわしを苦しめてうれしいかい?」


「もう一つだ」精霊は断言した。


「もういやだ」スクルージは声をあらげた。「もう十分だ。見たくない。もう見せないでくれ」


しかし容赦ない精霊はスクルージの両腕をつかみ、次に起こることへと目を向けさせた。


別の光景が目の前にはくりひろげられていて、ある部屋が、それほど大きくはないがきちんとしていて、快適そうな部屋があった。冬の暖炉の前には一人の美しい女性がこしかけていて、スクルージは女性の向かいにすわっている美しい母親の婦人を見るまでは、その女性が前にみていた女性と同一人物だと思っていたくらいだった。この部屋は騒々しく、スクルージの高ぶった気持ちではかぞえられないほどの子供であふれていた。詩の中の有名な羊の群れとはちがって、一つになって行動する四十人ではなく、四十人がそれぞればらばらに行動するのだった。結果はといえば、信じられないくらいの騒々しさということになろうか。ただ誰もそれを気にしている様子はなかったし、それどころか母も娘も心から笑顔をうかべており、とても楽しんでいた。娘の方は遊びの輪にくわわり、残虐にも山賊たちに略奪されてしまった。わたしもかれらにはなんでも呉れてやっただろう。ただあんなに乱暴にはしない、そう、決して。どんな富をつまれても、あのゆわえられた髪をくしゃくしゃにしたり、ほどいたりはしない。あの小さなかわいらしい靴ときたら、わたしなら決してむりやり脱がせたりはしない、あぁなんてことだ、どんなことがあってもそうはしない。かれらがしたようにたわむれに彼女のウエストを測るなんて、ずうずうしい若造たちめ。わたしならそんなことは決してできない。そんなことをしようものなら罰として腕が曲がったままになって決してふたたびまっすぐになることはないだろう。で、本当のことを言えば、わたしは彼女のくちびるにふれたかったのだ。彼女にいろいろ聞いて、そのくちびるが開き、伏目がちな目がまばたきするのをみて、顔を赤くしたくなかったのだ。髪をほどいて、その髪のほんのちょっとでも値段がつけられないくらいのものなのだが。そうわたしは、言わせてもらえば、いかにも子供の権利をもちながら、その価値を十分に知っているくらいの大人になりたかったのだ。


でもノックの音がして、それにひきつづいてドアへすごい勢いで殺到し、彼女は笑って着ているものはめちゃくちゃなままで、ドアに向かってどっと押し寄せた騒々しい一団の真ん中にいた。まさしくお父さんの出迎えで、お父さんはクリスマスのおもちゃやプレゼントをたくさんかかえて家に帰ってきたところだった。そして大声があがりうばいあいが起きて、無防備な荷物運びへといっせいに襲いかかった。椅子をつかってお父さんによじのぼり、ポケットをさぐるかと思えば、茶色の紙包みを奪い取り、ネクタイをひっぱり、くびまわりにしがみつき背中をたたき、元気一杯といったようすでお父さんの足をけりつけたりしていた。包みが開かれるたびに、驚きと喜びのさけび声にむかえられた。赤ちゃんがおもちゃのフライパンを食べちゃったとか、それからおもちゃの七面鳥を木のお皿ごと飲み込んじゃったみたいだなどという声があがった。これはすぐにぜんぶでたらめだってことがわかってほっとしたが、歓喜と感謝と興奮があった。どれも表現できないほどだが、子供たちとその騒々しさが居間をでて、一段一段階段をのぼりベッドに行って、ようやく落ち着いたくらいとでも言えばいいだろうか。


スクルージは今までよりいっそう注意深くみていたが、この家の主人が娘がもたれかかるままにしながら、ゆったりと奥さんといっしょに暖炉のそばに腰をおろしていた。そしてちょうどこんな娘が、優美で前途洋洋たる娘が、自分のことをお父さんなどと呼んでくれたら、自分の味気ない冬の人生の春のひとときとなるのにと考えていたら、視界が涙でうるんできた。


「ベル」主人は奥さんに笑顔で声をかけた。「今日の午後、君の幼馴染に会ったよ」


「誰かしら」


「あててごらん」


「わからないわ、えーっと、だめ、わからない」と一呼吸おいて、旦那さんといっしょに笑いながら「あぁスクルージね」とつけ加えた。


「そう、スクルージさんだよ。事務所の前を通りかかって、閉まってなくて中であかりを灯していたから、のぞきこまずにはいられなかったよ。かれの共同経営者は今にも死にそうだと聞いたけどね。一人きりで座ってたよ。まったくのひとりぼっちなんだろうと私は思うな」


「精霊さん」スクルージはしゃがれ声で頼んだ。「ここから帰してください」


「これらは全部過去の影だといったと思うが」精霊は答えた。「これがありのままであって、わたしに文句をいうのは筋違いだよ」


「帰してください」スクルージは声を大きくした。「わしには耐えられん」


スクルージは精霊の方をふりむくと、その顔にはいままで見てきたようないろいろな顔の一部が奇妙にからみあっているように見えて、しばらく見つめあった。


「ほっといてください、帰してください。これ以上わしにかまわんでください」


こうしてもめていると、もし精霊それ自体にはなんら目に見えるような抵抗せず、相手になんにもしていないのに、それがもめているといえればだが、スクルージには精霊の光がいっそう明るくかがやくようにみえた。それが自分に与える影響と漠然とむすびつけ、灯りをけすカバーをつかむととつぜん精霊のあたまにそれをかぶせた。


精霊はその下にかくれ、カバーで体全体が隠れた。ただスクルージは全力でおさえつけたが、明かりを消すことはできなかった。明かりはその下から切れ目ない光の洪水として地面にもれていた。


スクルージは自分がつかれはてて、どうしようもなく眠気を感じた。それで自分が寝室にいることがわかった。カバーに最後の一押しをして、手が緩んだ。そしてベッドに倒れ込むかこまないうちに、深い眠りについた。




第3章:三人のうち二人目の精霊


大きな響くいびきをかいている最中にスクルージはとつぜん目をさまし、ベッドにこしかけて、頭をはっきりさせようとしたが、すぐに鐘がふたたび一時をしらせるのがわかった。まさしくいい時間に目がさめたものだと思った。というのは、ジェイコブ・マーレーの招きによる使者の二人目との会合をもつという特別な目的があったのだから。ただこんどの精霊はどのカーテンをひいてでてくるのかと考え始めたらひどく寒気がしてきたので、自分の手であらかじめカーテンを片側に寄せてしまって、ふたたび横になった。ただベッドのまわりを注意深く見回しながらだが。そう、精霊がでてきた瞬間からしっかり心構えをしたいからで、不意をつかれて驚くようなことにはなりたくなったのだ。


むとんちゃくな種類の紳士というものは、抜け目がなくいつも時間にうるさいが、自分がコイントスから殺人にいたるまでありとあらゆることがこなせるのだといって、どんな冒険でもできる能力をほこるものである。なるほどたしかに、このコイントスと殺人のあいだには、ありとあらゆる物事がふくまれるといっていいだろう。スクルージがそれほどのことをするとは思わないが、わたしとしてはみなさんにスクルージが不思議な物事の内の大部分については覚悟ができていたと信じているといってもかまわないと思う。赤ん坊からしかばねに至るまでの何がでてきても、それほどはスクルージをおどろかせないだろうということも。


さて、ほとんどありとあらゆることに覚悟ができていたが、スクルージは何も起きないということには準備が整っていなかった。鐘が一時をしらせても、何も姿をあらわすものはなかった。スクルージはひどい身震いを感じた。五分、十分、十五分がすぎたが、何も起こらなかった。このあいだずっとスクルージはベッドに横たわっていて、炎のような赤みがかかった光のまさに真ん中にいた。その光は時計が時間をしらせたときから拡がったものである。ただの光だが、スクルージにはそれが何を意味しているのか、あるいはそもそも何かを意味するものなのか全くわからなかったので、何十もの精霊よりずっと恐ろしいものに感じられた。ふと頭によぎったのは、そうと分かればほっとできるのに、分からずに自分が自然発火現象のめずらしいケースに遭遇しているのではなどということだった。ただ、とうとう、わたしやみなさんなら最初に思い当たっただろうことに、スクルージも思い当たった。まあ当事者というものは、いつも何をしなければならないのか、しなければならないことが全く分からない状態にあるものだから。で、とうとうスクルージはこの不思議な光がきている源と秘密がとなりの部屋にあるらしいということに思い当たった。たどっていくと、そのあたりから光が発せられているようだった。この考えが心の全てを占めてしまい、スクルージはゆっくり起き上がると、スリッパをつっかけドアの方へとむかった。


スクルージの手がノブにかかった瞬間に、奇妙な声でスクルージの名が呼ばれ、中へとはいるように命じ、スクルージもそれにしたがった。


そこはまちがいなく自分の部屋だったが、驚くべき変化がもたらされていた。壁や天井からは生き生きとした植物がたれさがり、まるで森の中のようだった。いたるところで、きらきらと明るくかがやく木の実が光っていた。ひいらぎやヤドリギ、つたの生き生きとした葉っぱが光を反射し、まるで無数の鏡があちこちにばらまかれたかのようだった。えんとつへは大きな炎がうねりをあげており、それはさえない石の暖炉がスクルージが住んでいるときにも、あるいはマーレーが住んでいたとき、冬の時期にもひさしくなかったような勢いだった。床の上につみあげられていて、まるで王座を形作っているかのようだったのは、七面鳥、がちょう、鳥獣、家禽、ブローン、大きな肉片、子豚、長い輪になったソーセージ、小さなパイ、プラムプディング、大量の牡蠣、焼いたクリ、真っ赤なりんご、新鮮なオレンジ、甘美なナシ、とても大きなクリスマスケーキ、そしていろいろなものが入っているポンチ、それぞれのおいしそうな湯気が部屋を満たしていた。そしてこの大きな椅子のうえにゆったりと、楽しげな巨人が腰をおろしていた。とても楽しげで、光り輝くたいまつを手にしていたが、それは豊穣の角に似てなくもなかった。そしてそれを高く掲げ、スクルージが部屋のドアから顔をのぞかせたとき、その顔を照らし出した。


「入って来い」精霊は声をかけた。「入ってきて、よく私を見るんだ」


スクルージはおずおずと入ってきて、顔をあげて精霊をみた。スクルージはもう以前のような強情な彼ではなかったので、精霊の目は澄んでいて優しげだったが目をあわせることはできなかった。


「私は今のクリスマスの精霊だ」精霊は語った。「よく私をみるんだ」


スクルージは敬意をはらって精霊を見た。緑色の上着というか外套を一枚はおっており、それは白い毛皮でふちどられていた。この服はあんまりゆったりしていたので広々とした胸がはだけられており、それはまるでどんなものでもさえぎったり隠したりできないとでもいうようだった。足は上着の大きなひだの下から姿をのぞかせておりやはりむきだしで、頭といえばヒイラギの冠のほかはなにもなく、その冠のあちこちにはつららが光っていた。黒い髪の毛はながくゆったりとカールされていた。そのゆったりさ加減は、にこやかな表情、活気のある目、開いた手、華やいだ声、くつろいだ物腰や楽しそうな雰囲気にみられるものと同じだった。腰の周りには、アンティークなさやをぶらさげていたが、刀は入っておらず、その古いさやも錆びだらけだった。


「私のようなものはみたことがないだろう」精霊は語りかけた。


「見たことがありません」スクルージはそれに答えた。


「私の一家の若者たちと一緒にぶらぶらしなかったかな? といっても私が一番若いんだから、最近生まれた私の兄たちとということだが」精霊はつづけた。


「なかったように思いますが」スクルージは答えた。「なかったと思います。ご兄弟は多いんですかね、精霊さま」


「1800人以上はいるかな」


「食わせていくのも大変ですな」スクルージはぶつぶつつぶやいた。


今のクリスマスの精霊は立ち上がった。


「私の上着にふれるんだ」


スクルージは言われたとおりにしっかりと上着をつかんだ。


セイヨウヒイラギ、赤い木の実、蔦、七面鳥、がちょう、鳥獣、家禽、ブローン、肉、豚、ソーセージ、牡蠣、パイ、プディング、フルーツ、ポンチはすべてただちに消え去った。そして部屋の暖炉の火、赤い光も消えてなくなり、時間も夜から、クリスマスの朝になって街の街頭に二人はたちつくしていた。寒さがきびしく、人々はそうぞうしいがきびきびとした気持ちのいい音をたてて、自分たちの家の前や屋根の上の雪かきをしていた。男の子にとってみれば屋根から雪が下の道路にズシンと落ちて、自分が小さな雪嵐をおこせるのをみるのは何物にもかえがたい喜びでした。


屋根の上につもった真っ白な一面の雪や、地面につもったそれよりは汚れた雪とくらべても家や窓はくろずんでみえた。地上に積もった雪には馬車や荷馬車の車輪で深いわだちができていた。わだちは大きな通りが交差するところでは、何百となく交差しており、いりくんだ経路になっていて、黄色っぽい厚いどろや氷で跡をたどるのはむずかしくなっていた。天候もさえず、みじかい通りでさえどんよりした霧がはんぶん溶けてはんぶん凍っていて、息苦しくなりそうだった。その霧の重い粒がすすのシャワーとなってふりそそぎ、まるでイギリス中の煙突がそろって火をつけ、思う存分すすをはきだしているといった具合だった。天候にも街のようすにも心がうきたつようなところはどこもなかったが、それでもすみきった夏の大気やすがすがしい夏の太陽がどれほどかきたてようとしてもできないような楽しげな雰囲気が街じゅうにただよっていた。


その理由はといえば、家の屋根の上で雪かきをやっている人たちが陽気で歓声をこれでもかと上げていたからだ。屋根のへりのところからお互いに話しかけたり、ときどきは口で言う冗談よりもよっぽど楽しい口撃である、雪合戦をやり、あたったといっては心から楽しそう、あたらなかったといっては残念そうにしていた。七面鳥をあつかう店はもう半分開業休店状態だったが、一方果物をあつかう店はかなりにぎわっていた。形がまるで陽気な老紳士のチョッキのような、大きくまんまるでだるま型のクリが入った籠があり、ドアのところにもたれかかっていたり、ふくれすぎて表にまで転がったりしているものがあった。色つやのいい、茶色のまんまるとしたスペインタマネギがあり、その肥え具合はスペイン修道士さながらで、とおりすぎる女性たちにいやらしい目つきで棚の上からウィンクしてみせたり、おどおどとつるされてるヤドリギの方をみつめたりしていた。なしとりんごも巨大なピラミッドのようにつみあげられ、とおりがかりの人たちの渇きを潤すようにとの店主の寛大さでぶどうが人目につくようにぶらさげてあった。こけのついたいい色のハシバミの実も山とつまれていて、その香りはくるぶしまで落ち葉にうもれながら歩いた楽しい散歩を思い起こさせた。ノーフォーク産りんごもとれたてでよく日に焼けていて、オレンジやレモンの色合いを補ったり、ひきしまったジューシーさで、どうか紙袋でお持ち帰りいただいて夕食後に召し上がってくださいと懇願しているかのようだった。金魚や銀色の魚がこうしたフルーツのあいだの金魚鉢にいれられて飾られていたが、こうした頭のにぶく血の巡りのわるい連中にも何がおきているのかわかっているように思われた。魚たちもゆっくり興奮を表にださず、その小さな世界を息もたえだえに回遊していた。


食料品屋、ああ食料品屋は、シャッターを一、二枚ほどおろしほぼ店を閉めかけていたが、開いている場所は盛況なものだった。カウンターの上で天秤皿が陽気な音をたてているだけではなく、糸と滑車は天秤皿をいきおいよく動かし、おかげでジャグリングでもしているかのように天秤皿は上下していた。紅茶とコーヒーの香りが鼻をつき、レーズンは極上のものがたっぷりあり、アーモンドはこれでもかというほどまっしろでシナモンはまっすぐで長く、その他の香辛料もとても香ばしそうだった。砂糖漬けの果物が溶けた砂糖でしっかりかためられ、それにはいかなるそっけない見物人でも気が遠くなり、しまいにはおこりっぽくなるほどだった。またいちじくは汁気が多く熟れていて、フランス産のプラムは赤みがかって、適度なすっぱさで箱の中にきれいに陳列されており、なにもかもが食べごろでクリスマスのよそおいをしていた。ただお客さんたちはみなこの日にうかれせかせかしていて我先にとほしがり、ドアのところでおしありへしあいをやり、買い物かごをひどくぶつけあうは、カウンターの上に買い物を忘れてまた急いで取りにもどるなど、そういった間違いを数限りなくこれ以上ないほど上機嫌で繰り返すのだった。一方食料品屋の店員たちはあまりに機嫌よく生き生きとしており、エプロンを後ろでとめている心臓の形をしたかざりは、まるでみんなに見てもらいたいかのようで、自分たちの心臓をクリスマスのコクマルカラスがほじくりかえしたとでもいうかのようだった。


しかしまもなく協会の尖塔の鐘が教会や礼拝堂へと善良な人々を呼び集め、みんなせいいっぱい着飾って通りへとあふれ、その顔も喜びにあふれていた。それと同時にありとあらゆる横道、路地、名前もついてないような曲がり角から大勢の人が、みずからの夕食を手にパン屋へと姿をあらわした。そういった貧しい人々のどんちゃんさわぎはいたく精霊の興味をひいたようだった。というのは精霊はスクルージとともにパン屋の入り口に立ち、食事を運ぶものがパン屋を通り過ぎるときにその覆いをとると、カンテラから夕食へと香料をふりかけたからだった。たいまつはふつうのものとは全く違ったもので、一度ならず二度、夕食を運んでいるものがおしあいへしあいで怒号がとびかうと、カンテラから数滴しずくをふりかけるだけですぐに騒ぎはしずまった。そしてかれらは口々にクリスマスに喧嘩なんて恥ずかしいにもほどがある、と話すのだった。たしかにその通りだった。神もまったくそうであることを望んだにちがいない。


そのうちベルがなりやみ、パン屋も店を閉めた。ただ運ばれていた夕食の前方や料理の進む先にはあたたかい影のようなものがあり、パン屋のオーブンの上で水が蒸発するように、舗道の上で石が調理されたかのように湯気をあげていたのだ。


「カンテラからふりかけていたのは特別な香料ですか」スクルージは尋ねた。


「あぁそうだよ、私の香りだよ」


「今日のどんな料理にも合うんですか?」


「どんな種類でも。とくに貧しいものの食事にはね」


「なぜ貧しいものの食事に合うんでしょう?」


「いちばん必要としているからだよ」


スクルージはしばし黙り込んだあと続けた。「あなたはこうした場所を七日おきに閉めるようにしてますよね。あなたは七日おきに貧しい人々が夕食を得る手段をうばってるじゃありませんか。とくにこういった夕食が必要な日に。だから結局同じことになるんじゃないでしょうか」


「わたしがかい」精霊はさけんだ。


「あなたの名のもとや少なくとも同じようなものの名のもとでそういうことが行われてきているのです」


「たしかにおまえたちの世の中ではそういうこともあるようだ」精霊は答えた。「わたしのことを知ってると声を大きくしながら、自分の欲望やプライド、悪意、憎悪、ねたみ、偏見、身勝手さをわたしの名のもとに行うが、それはまったく存在したことがなかったようなもので、わたしやわたしの知ってるものからしてみれば、全くなじみがないものなんだ。それをおぼえておいてくれ、やつらの行為は全くもってやつらのせいで、わたしたちのせいではないよ」


二人は先をいそいだ。前といっしょで姿はみえなかったが、街の郊外へと足をふみいれた。精霊のすばらしい能力で(スクルージはすでにパン屋で目にしていたが)それほどの巨体にもかかわらず、どこにいてもさして苦もなく体をあわせ、天井の低い屋根の下でも、まるで天井の高いホールでそうしているように、摩訶不思議な存在として優雅に立ち振る舞うことが可能だった。


だからたぶん善なる精霊がまっすぐスクルージの店員の家へといそいだのは、こうした能力をみせつけるのが楽しかったからか、あるいはやさしい、親切な、心温まる性根、そして貧しいすべての人々への共感のせいだったのだろう。精霊は道をいそぎ、スクルージは精霊のローブをつかみ同行していた。そして精霊はドアの戸口のところで微笑み、立ち止まってボブ・クラチェットの住まいをカンテラからのしずくで祝した。ボブは自身週に15ボブ(シリングの俗称)をえるにすぎなかった。毎土曜日に自分と同じ名前のものを15枚手に入れるわけだ。現在のクリスマスの精霊は、かれの4つしか部屋のない家を祝福したのだった。


それからクラチェットと妻はたちあがり、妻は二回は裏表にしたガウンを羽織って、それはみすぼらしいものだったがリボンをつけ飾っていた。リボンも安物だったが、6ペンスにしてはみばえがよかった。同じようにリボンでかざりたてていた二番目の娘のベリンダ・クラチェットの助けをかりテーブルクロスを拡げると、そのときご子息のピーター・クラチェットはじゃがいもを煮ていた鍋の中にフォークをつきたて、ぶかっこうなシャツの襟の両端をくわえながら(そのシャツはもともとはボブの持ち物だったが、クリスマスのお祝いとして息子にして後継ぎへと譲り渡されたものだ)、きちんと礼装したのが自分ながらにうれしくて、友達の集まる公園に行ってリネンのシャツの襟をみせびらかしたくてたまらなかった。そこへ弟と妹がパン屋の外で七面鳥のにおいをかいだと騒ぎ立て、それが自分たちのだと知って、いそいで駆け込んできた。ぜいたくなサルビヤやたまねぎが食べられると思って、子供たちはテーブルの周りで踊り、大いにピーター・クラチェットをほめそやした。ピーター・クラチェットは別に誇らしげではなく、襟で首をきつくしめられ窒息しそうになっていたが、ゆっくり煮えるじゃがいもが外にだしてくれ、外をのぞかせてくれとふたをたたいて煮あがるまで、火を吹いておこしていた。


「お父様はどうしたんだろうね?」クラチェット夫人は話しかけた。「それにおまえの弟のちびっこのトム。それにマーサは去年のクリスマスは30分も遅れなかったのにねぇ」


「マーサがきたよ」妹が姿をみせ教えてくれました。


「マーサがきたぜ」二人の男の子たちがさけびました。「ほーら、七面鳥だよ、マーサ」


「ほら、よくかえってきたね、おまえ、なんだってこんなに遅かったんだい」母親はそういうと、十回は娘にキスをして、ショールや帽子をぬがすのをおせっかいにてつだった。


「昨晩で終わらせなきゃいけない仕事が山ほど」娘は答えた。「それを今朝までに片付けなきゃいけなかったわけ、お母さん」


「はいはい、来てくれたんだからもう気にしないわ」母親は答えると「暖炉の前におかけなさい、あったまるのよ」


「だめ、だめ、お父さんが帰ってきたよ」いたるところに姿をあらわす男の子二人組がそうさけぶと「隠れて、マーサ、隠れなよ」


マーサが隠れると同時に、ふさをのぞいて少なくとも3フィートは襟巻きを前にたらしながら小さなボブが帰ってきた。着古した服はつぎはぎだらけだが、クリスマスにふさわしくよくブラシがかかっていた。ちびっこティムは肩車をしてもらっていた。かわいそうに、小さな義足をつけていて、両足を鉄製の器具で支えていた。


「おい、マーサはどこだい」ボブ・クラチェットは、あたりをみまわしながら声を大きくした。


「まだ帰ってこないのよ」とクラチェット夫人は答えた。


「まだだって」ボブは、高揚していた気分がすっかり落ち込んだというように言った。じっさいのところ教会からの道すがらずっとティムを肩車し、息せき切って家にかえってきたのだった。「クリスマスだというのにまだ帰ってきてないんだ」


マーサは、冗談にせよ父親ががっかりしているところを見ていられなかったので、クローゼットのドアの陰から早々に姿をあらわし、父親の胸にとびこんでいった。そうこうしているあいだに二人の息子はちびっこティムを急かして、プディングが蒸されている音を聞かせるために台所につれていった。


「ティムはどうでした?」クラチェット夫人は、夫がだまされやすいのをひやかしながら言った。ボブは娘をだきしめてすっかり満足していた。


「それはもうすばらしかった」ボブはそう言うと「よかったよ。あんなに長く一人きりでこしかけていたから考え込んだんだな。思いもつかないことを考えてた。帰り道で私に言ったんだ。教会でみんなに自分のことをみてほしいと思ったってね。その理由がふるってて、あいつは足が不自由だろ、だからみんながクリスマスに足が不自由な人が歩けるようになって、目が見えない人が見えるようになったっていうのを思い出してくれれば、幸せな気分になるんじゃないかっていうんだ」と続けた。


ボブの声は話しながら震え、そしてちびっこティムが元気でたくましく育っているといったときにはその声はもっと震えた。


床に義足のおとがコツコツと響き、次の言葉をもらす前にちびっこティムが兄と妹につきそわれて暖炉のまえの椅子にもどってきた。その間に、ボブは袖口をまくりあげ、あぁその袖口のみじめなこと、あんなにぼろぼろになるものだろうか、ジンとレモンをまぜて体の温まる飲み物をつくり、よくまぜ、ぐつぐつ煮るために暖炉のわきに置いた。ピーターとどこにでも顔をだす二人の兄弟は七面鳥をとりにいき、すぐに興奮したあしどりでもどってきた。


そうした騒ぎをみると、七面鳥があらゆる鳥のなかでもっとも貴重なものだと思うほどだ。羽の生え方、それは黒い白鳥も同然で、この家にはありうべかざるものだった。クラチェット夫人はグレイビーソース(ちいさなシチュー鍋で前もってつくっておいたもの)を煮立たせ、ピーターはこれでもかといわんばかりの力でマッシュドポテトをつくり、ベリンダはアップルソースを甘く煮詰めた。マーサは暖かくしたお皿をふき、ボブはちびっこティムをテーブルのすみの自分の横にすわらせた。二人組みの兄弟は自分たちもふくめたみんなの席を準備し、くちいっぱいにスプーンをほおばりながら自分たちの場所を見張っていた。つまりじぶんたちの番がくる前に七面鳥がほしくてさけびごえをあげないようにというわけだ。とうとうすべてのお皿がでそろい、お祈りの言葉もおわった。一瞬の間のあと、クラチェット夫人が肉切用のナイフをゆっくりみまわし、胸のところを開こうとした。ただじっさいに開いて、待ち焦がれた内の詰め物がでてきたときには、まわりからいっせいに歓声があがり、ちびっこティムでさえ、例の二人組に興奮させられて、ナイフをつかんでテーブルをたたき、か弱い声で万歳とさけんだりした。


かつてないほどの七面鳥だった。ボブは、こんなふうにすばらしく料理された七面鳥は見たことがないと口にした。そのやわらかさ、香りといい、大きさ、値段といいどこをとっても非のうちどころ一つなかった。アップルソースがかかり、マッシュドポテトがそえられ、一家全員にじゅうぶん過ぎるほどの量の夕食だった。とくにクラチェット夫人が感極まっていったのは(お皿の上の小さな骨のひとかけらをみやりながら)、とうとうそれを全部食べきらなかったということだ。ただ全員がおなかいっぱいで、ちびっこにいたってはのどの上までセージとたまねぎがつまってる勢いだった。そこでベリンダがお皿をかえ、クラチェット夫人は部屋を一人で離れた。プディングをもってくるのを見守られるにはあまりに神経質になりすぎていたのだ。


上手くできていなかったら。ひっくりかえすときにくずれてしまったら。裏の塀をのりこえてきて誰かが盗んでいったら。そうみんなが七面鳥に夢中になっているときに。そうしたことを考えるとクラチェットの二人組にはかっかとしてならなかった。ただそうしたありとあらゆる種類の恐怖があたまにうかんでくるのだった。


うぁー、すごい蒸気。プディングは鍋から出され、洗濯をしたときのような香りがした。服の香りであり、食べ物屋とお菓子屋がとなりあわせになっていて、さらにその隣に洗濯屋があるような香りだった。プディングのおでましだ。すぐさまクラチェット夫人が入ってきて、顔をまっかにしてただそこには誇らしげな笑みがみてとれ、プディングをはこんできた。そう、ほんの少しのブランデーで火がつき、クリスマスのひいらぎが一番上にかざられている、まるでまだらの砲弾のたまのようにしっかりとがっちりしたプディングが運ばれてきた。


あぁ、なんてすばらしいプディングなんだ。ボブは思わず感嘆して口にした。結婚してからまちがいなく一番の出来のプディングだと。夫人も心の重荷がとれたといい、じつは粉の量が心配だったのと口にさえした。だれもがそれについてとやかく口にしたが、こんなに大家族にしては小さなプディングだと口にしたり、ちらっと考えたりするものはこの家族にはいなかった。そんなことをしようものなら、すっかり家族のつまはじきものだ。そんなことをほのめかすだけでクラチェット家の人なら顔を赤らめてしまうだろう。


とうとう夕食は終わった。テーブルクロスも片付けられ、暖炉も掃除し、火がおこされた。カクテルは味見をしてみるとすばらしく、りんごとオレンジがテーブルの上に、山ほどのクリが暖炉の上におかれた。それから家族全員で暖炉を囲み、ボブにいわせればそれは丸く囲むということだったが、じっさいには半円を意味していた。そしてボブクラチェットのひじのところには、一家中のガラス容器、二つのタンブラーと取っ手のないカスタードコップが飾られていた。


こうした容器に、まるでそれらが黄金のゴブレットであるかのように、温かいカクテルが注がれた。ボブはそれを笑顔でやりとげ、そのあいだも暖炉の火にかかったクリはパチパチと音をたてていた。そしてボブが口にした。


「メリークリスマス、神のご加護がみなにありますように」


家族全員が復唱した。


「神のご加護がみなにありますように」と一番最後にちびっこティムが言った。


ティムは父親の一番近くの小さな椅子にこしかけていて、まるで愛していてずっとそばにおいておきたいのに、誰かが引き離すのではないかと恐れているかのように、ボブはその力のない小さな手をにぎりしめていた。


「スクルージさん」ボブは言った「このごちそうの源であるスクルージさんのために祈ります」


「このごちそうの源だってねぇ」クラチェット夫人は顔を真っ赤にしてさけんだ。「ここにつれてきてみたいもんだよ。小言の一つでもお見舞いしてやるんだけどね、それを堪能してくれるといいんだけど」


「おまえ」ボブは言った「子供たちがいるし、クリスマスじゃないか」


「たしかにクリスマスなんでしょうよ」


「あんな嫌らしくてけちな上に人情のかけらもありゃしないスクルージみたいなやつにも乾杯するんですもの。どんなやつかロバート、あなたが一番よく知ってるじゃないの、かわいそうに」


「おまえ、」ボブは優しい声で答えました。「クリスマスじゃないか」


「あなたのためとクリスマスに乾杯しましょう」夫人は言った。「スクルージさんのためじゃないわ、せいぜい長生きするといいわ。メリークリスマス、それに新年おめでとう。スクルージさんも楽しいでしょうし、きっと幸せにちがいないわ、まちがいなくね」


子供たちも母親にならって乾杯した。今までの行動で心がこもっていないのはこの乾杯だけだった。ちびっこトムも最後に乾杯したが、かれにとってはそんなのは知ったことじゃなかった。スクルージは一家の蛇蝎のごとき存在で、その名前を口にだすだけでも一家だんらんに暗い一筋の影がなげかけられるほどだし、それもまるまる五分というものその影は消えることはなかった。


その影が消え去ると、みなは不吉なスクルージのことが片付いたので以前よりも十倍は陽気になり、ボブ・クラチェットは自分の見立てではピーターにはもし職についたら週に五から六ペンスはかせぐだろうとぶちあげた。双子のクラチェットはピーターがお金を稼ぐだなんてことに大うけだった。ピーター自身ときたら、その途方もない収入を手にしたらどんな投資でもしてやろうかと入念に考えているかのように襟の間から暖炉をみつめていた。それから帽子屋で見習をしているマーサがみんなにどんな仕事をしなきゃならないのか、やすまず何時間働かなきゃいけないのか、明日は家で休みだから朝はゆっくりとベッドで過ごすんだなどということを話し始めた。それから数日前に伯爵夫人と伯爵をみたんだけど、伯爵の背丈ときたらピーターとまったく同じくらいだったことを話した。するとピーターは襟をひときわたかくあげたので、その顔はすっかり襟にかくれてしまうほどだった。こうしているあいだも栗と容器はみなのあいだをくるくると廻っていて、そのうちちびっこトムが雪のなかを一人うろつく迷子の歌を歌い始めた。ちびっこトムときたらその歌をもの悲しげな小さな声で歌い、とってもうまく歌い上げ、みんなはそれにききほれた。


こういった一連のことにこれといって特筆すべきことがあったわけではない。見栄えのいい立派な家族とはいえなかったし、着ているものもすばらしいとはいえなかった。靴は穴があいていたし、服もみすぼらしく、ピーターはおそらくというかたぶん質屋のこともよく知っていたことだろう。ただ一家は幸せで、思いやりの心をもっていて、お互いに楽しんでいて、今を満喫していた。そしてだんだんかれらの姿がかすんでいき、ただ別れにおいても精霊のたいまつの明るい光でいっそう幸せそうにみえるのを、スクルージはまばたきもせず見つめていた。


このときにはすでにあたりは暗くなっていて、雪もはげしくなっていた。スクルージと精霊は通りをすすんでいたが、台所や客間やそういった部屋からもれる明かりの明るさといったらすばらしかった。こちらでは、きらきらした明かりが温かなご馳走が用意されているのを示していて、そこには暖炉の前ですっかり熱くなったお皿や、寒さ暗さはだんこお断りとでもいうようにきっちり閉められた深紅のカーテンがうかがえた。あちらでは家中の子供が雪の中を外にかけだして、結婚した兄弟姉妹そして従兄弟、叔父叔母をわれさきに出迎えようとしていた。そしてまたこちらでは窓のブラインドのところにお客が集まっている影がうつり、そしてフードをかぶり毛皮のブーツをはいた綺麗どころのグループでみんながいっせいにおしゃべりしながら、足取りも軽くどこか近所の家をたずねていった。あぁかわいそうな独身の男は、手練手管を心得た魔女たちがまっかな顔をして家に入ってくるのを目にしてしまうのだった。


楽しげな集まりを目指して通りにでている人の数から考えると、目的の家でまちうけたり、煙突の半分までたきぎをつみあげて歓迎してくれものは一人もいないように思えるほどだった。みなに幸あれ、そして精霊がよろこんだこと。どれほど胸をはだけ、大きな手のひらをひろげ、宙にうき、慈悲深い手で届く範囲すべてのものに明るく無邪気な喜びをばらまいたことだろう。先をいそいでいた街灯に火をともし、薄暗い通りに明かりをつける点灯夫でさえ、夜のために一張羅をはおっていたが、精霊がとおりすぎるときには大きな声をあげて笑ったものだった。点灯夫はクリスマスにいっしょに明かりをともすものがいるなんて思いもよらなかっただろうが。


そして精霊からは一言も警告がなかったが、二人はまるで巨人の墓地のようにばかでかい石のかたまりがあちこちに点在している寒々とした不毛の荒地にやってきた。水は傾いているありとあらゆるところに広がっていた、というかもし凍っていなかったらきっとそうなっていたことだろう。こけとシダそれから雑草が生い茂っている以外はなにも見当たらなかった。西の方には一筋の真っ赤な閃光を残して夕陽がしずんでいき、荒野を少しの間まるで不機嫌でもあるかのようににらみつけ、いっそうどんどん不機嫌さをましていくかのようだったが、とうとうまっくらな夜の濃い闇のなかに姿を消していった。


「ここはどこです」スクルージは尋ねた。


「坑夫たちのいる場所だ、かれらは地底の奥底で働いているんだ」精霊は答えた。「ただ坑夫たちで私のことを知ってるぞ! ほらみろ」


一軒の小屋の窓から一筋の灯りが差し、二人はいそいでそちらのほうへと進んでいった。泥と石の壁を通り抜けると、もえさかる炎のまわりに愉快な一団が集まっているのが目に入った。一組の爺やと婆や、その子供たち、孫たちやその子供たち全員が、祝日用の衣装でかざりたてていた。爺やは不毛の荒地をふきすさぶ風の音にかき消されてしまうような声でクリスマスソングをうたっていた。子供の頃から歌っているとても昔の歌で、ときどきみながコーラスに加わった。みなが声をはりあげると、爺やも心が浮き立ち声をはりあげた。ただみなが歌うのをやめると、爺やの元気も失せてしまうのだった。


精霊はこの場所でぐずぐずしたりはしなかった。ただスクルージに自分の上着にしっかりつかまっているように命ずると、荒野の上を通り過ぎていった。どこへ急いでいたのか? 海だろうか? そう海へだ。スクルージが恐れおののいたように、ふりかえると、陸地の端がみてとれ、恐ろしい岩場をあとにしていた。あたりには水のたけ狂う音しか聞こえず、それはまるで吼えさかっていて、うがった恐ろしい洞窟の中で荒れ狂い、地球を削り取ろうとせんばかりの勢いだった。


海の底深くの岩々の不吉な岩礁の上には、岸から数マイルばかり一年をとおして波がよせては崩れるところに灯台がひとつ建っていた。その土台には海草が何層にもつみかさなり、海草が海から生まれたように海鳥たちはまるで海草から生まれたかのように、波をかすめとるかのように灯台のあたりを上昇したり下降したりしていた。


しかしこの場所でも灯台を見守っていた二人の男が火をおこしていた。その火は厚い石壁の灯台の小窓から恐ろしい海へと一筋の光をはなっていた。ごつごつした手をすわっていた粗末なテーブルの上で組みながら、おたがいにラム酒で乾杯しながらクリスマスを祝っていた。年長の方が、まるで荒れた天候で古い船の船首像がぼろぼろになっているかのような顔で、まるで強風そのもののようなのふうずな歌をがなりたてた。


ふたたび精霊は暗く重苦しい海の上をどんどん進んでいった。スクルージに言ったところによればどの岸からもあまりに離れていたので、船の上に降り立った。二人は操舵手、船首の見張り役、監視をしている船長の横にならんだ。彼らの姿は暗く、それぞれの持ち場での姿はまるで幽霊のようだったが、だれもがクリスマスのメロディーをくちずさむか、クリスマスのことを考えており、あるいは昔のクリスマスの話を、そこには故郷に帰りたいという希望がともなっていたが、仲間に小声でささやいていた。甲板のだれもが、歩いていても寝ていても、良き者も悪しき者も、一年のどの日とくらべてもその日には優しい言葉を他人にかけていた。そしていくぶんかはおまつり気分をあじわっていて、遠くにいる気にかけている人たちのことを思い出し、その人たちが自分のことをよろこんで思い出してくれていることを分かっていた。


スクルージがとてもおどろいたことに、風の唸り声をきいたり、どこかもわからないまるで地獄とおなじくらい深遠な奈の果てのさびしい暗闇を航海するなどという陰鬱なことを考えていても、まったくスクルージがおどろいたことに、心からの笑い声をきくことがあるのだ。その声が自分の甥の声で、きれいでさっぱりした明るい部屋にその姿をみとめたときはなおさらいっそうスクルージは驚いてしまった。精霊はそのよこで微笑んで立っており、満足げな優しさをもって同じ甥を見つめていた。


病気や悲しみが感染するように、笑いやユーモアもいやおうなしに感染するものだということはこの世の公正にて、公平、厳然たる事実である。そして彼がこのように腹を抱えて、七転八倒し、顔をこれ以上ないといった具合でゆがめて笑えば、妻であるスクルージの姪も心から笑うのだった。そして集まった友人たちもまったくそれに遅れをとらず、いっしょに大きな笑い声をあげた。


「はっはっはっはっは」


「言うにはクリスマスはたわごとだって、驚いたね。それを信じてるって言うんだから」


「叔父さんのことをもっと恥ずかしくおもうべきだわ、フレッド」スクルージの姪は憤然といいはなった。彼女のことを許して欲しい。何事もいいかげんにしておくことはできなく、いたってまじめなのだ。


彼女は美しく、それもとびぬけて美しかった。えくぼが一つあり、あっけにとられるほど美しく、すばらしく綺麗な顔で、真っ赤な小さな口があり、それはまるでキスするために作られたかのようだった、それはまた疑いようのない事実だったのだが。あごのあたりには小さな斑点がいくつかあったが、わらうと一つになってしまうかのようだった。また見たこともないようなすてきな目がついていて、全体としてみればまったく癪にさわるほどだと言いたくなるような、ただそれはもちろん申し分ない存在ということだった。


「こっけいな老人だよね。それは本当のことだし、もっと楽しくできると思うんだけど。でも自業自得ではあるし、僕には特にこれといっていいたいこともないな」


「お金持ちなことは確かでしょ、フレッド」スクルージの姪は助け舟をだした。「少なくともいつも私にそういってるじゃない」


「それがどうしたんだい、君。富があっても何の役にも立たないんだからねぇ。富があっても自分自身でだって心地よさそうじゃないし、ぼくらによくしよう、はっはっは、と考えてもこれっぽっちも満足しないんだろうよ」


「我慢できないわ」姪は断言した。姪の姉妹たちもその他の女性陣もまったく同意見だった。


「そうでもないな。かわいそうには思わないかい。僕は怒りたくても怒れないんだよな。だって意地が悪いといっても誰が困ってるんだい? いつも自分自身じゃないか。さて、叔父さんは僕らのことを嫌いだと思い込む、ここにきて僕らと一緒に夕食をたべたくない。で、どうだというんだい? たいしたご馳走を食べそこなうわけじゃない」


「いいえ、じっさいのところたいしたご馳走を食べそこなうんだわ」姪はさえぎり、全員がそれに賛同した。いま夕食をたべおわったばかりで、テーブルにデザートがあり、暖炉のまわりのランプのそばに集まっていたところだから適切な判断をくだす資格があっただろう。


「それを聞けてうれしいよ。なんといっても近頃の若い主婦にはあまり信用がおけないものな、どうだいトッパー君?」


トッパーはあきらかにスクルージの姪の姉妹の一人に目をつけていたようだった。というのも独身はそうした話題には口をはさむ資格のない悲しい存在だよと逃げをうった答えをかえしたからだ。そうするとスクルージの姪の姉妹でバラをさしたほうではなく、レースの衣装をまとったふっくらしたほうは顔をまっかにした。


「つづけなさいよ、フレッド」と姪は両手を叩いてあおった。「言い始めたことは最後まで言ってもらいましょう。まったくばかげてるったらありゃしない」


フレッドはまた大笑いをはじめ、感染をふせぐのはまったく不可能だった。ふっくらした姉妹も香酢をつかってそれに抗おうとしてみたけれど、まわりは全員フレッドの例にならった。


「僕はただこういいたいだけなんだ。叔父さんが僕らのことを嫌って僕らと楽しく過ごさない結果は、僕が思うには、叔父さんが楽しくすごす時間を失ってるってことだからね、それもその時間はなんら叔父さんに不利益をもたらすものじゃないのに。あのうすぐらい古い事務所やほこりっぽい寝室で一人で考え込んでるんじゃぜったい見つけられないような仲間をみすみす失ってるのは確かだと思うんだけどなぁ。僕は叔父さんが好もうと好まざると、毎年チャンスをあげるつもりだよ。かわいそうじゃないか。死ぬまで永遠にクリスマスに毒づくつもりかもしれないけど、それでも僕が叔父さんに挑戦すれば少しは考えるようになるでしょう、そう、僕が毎年毎年、上機嫌であそこへ訪ねていって、スクルージ叔父さんご機嫌いかがというのをきけばね。もしそれであのあわれな事務員に50ポンドでも遺していく気になったら、万々歳だよ。僕が思うに、昨日も少しはゆさぶったんじゃないかな」


スクルージをゆさぶっただなんて、こんどはみんながその考えに笑う番だった。でも根っからのよい気性だったので、自分が笑われることは大して気にせず、みんなはとにもかくにも笑ったけれど、みんなをもっと陽気に笑わせ、ボトルを楽しそうに廻した。


お茶の後は、かれらは音楽をはじめた。音楽をたしなむ一家であり、無伴奏で歌ったり輪唱させたらそれはなかなかのものだった。まさしくトッパーなんかはバスでなかなかの美声を聞かせ、それでいておでこに太い血管をみせたり、顔中を真っ赤にすることもなかった。スクルージの姪は上手にハープをならし、いろんな曲をひくなかで一つ小曲をやったが(なんでもない曲で、二分もあれば鳴らせるようなもの)、それは過去のクリスマスの精霊が思い出させてくれたようにスクルージを寄宿舎から連れ帰ったあの子がよくやっていたものだった。この曲の旋律がなりひびくと、精霊がみせてくれたすべてのものが心の中に浮かんできた。スクルージの頑な心もだんだんやわらいでいっただろう。もしこの曲をもっと何年も前からよく聴いていたなら、ジェイコブ・マーレーを埋葬した墓堀男のクワをもってしてでなくとも、自分の力で幸せで優しさにあふれた人生をはぐくめたのかもしれない。


ただみんなは一晩音楽だけをやったわけではなかった。しばらくすると、罰金遊びをはじめた。ときには子供になって悪いわけもなかろうし、なによりクリスマスで、クリスマスには全能なるキリスト自身が子供なわけだから。さて、ここらでやめておこう。まず目隠し遊びをやった。もちろんまず最初にだ。ただ実は、トッパーは靴に目がついてないのと同じくらい、ちゃんと目隠しがされてなかった。そうして今のクリスマスの精霊もそれをしっていた。レースの服を着たふっくらした女性を追いかけるやり方ときたら、人の信じやすさにこれでもかとつけこんだものだった。暖炉の器具をけっとばしたり、椅子をひっくりかえしたり、ピアノにぶち当たったり、カーテンにくるまったりしたが、女性のいくところはどこへでもついていった。ふっくらした女性がどこにいるかを常に把握していて、他のものを捕まえる気は毛頭なかった。わざと本人に捕まるようにしても(中にはじっさいにそうするものもいたが)、つかまえようとするふりこそするものの、ほとんど理性に対する侮辱といってもいいほどで、横にそれてはふっくらした女性の方へと逸れていくのだった。女性もフェアじゃないわと抗議の声をあげたが、まさしくそのとおりで、とうとう彼女はつかまってしまった。彼女はシルクのさらさらする音や、目の前をぱたぱた急いで通り過ぎていったりしたが、逃げられない角に追い詰められてしまった。それからの彼の行動ときたら、まったくひどいものだ。彼女だとわからないふりをして、かみかざりにさわってみる必要があるふりをしたり、そのうえ、たしかに彼女だと確かめなきゃとばかりに指にはめている指輪だの、ネックレスをさわったりしたのは卑しい、恥ずべきことである。次のゲームがはじまったとき二人がカーテンの陰でこっそり話してたのは、そうしたことを彼女が言ってたものに違いあるまい。


スクルージの姪は目隠し遊びには参加していなかったが、大きな椅子と足台でゆったりとしていて、その隅は快適な場所であり、精霊とスクルージも彼女のすぐ後ろにいた。しかし姪も罰金遊びには参加し、アルファベットすべてをつかって見事に自分の夫のことを愛している文をつくりあげた。同様に「いつ、どこで、どのように」のゲームでも姪は抜群で、スクルージの甥が口にはださずひそかに満足していたことに、姉妹を完全にうちまかした。敢えて言っておくが、姉妹たちとてけっして頭の働きのにぶい娘たちではなかったのだが。20人やそこらの人がいて、老いも若きもゲームをやっていた。


新しいゲームが始まった。それはYesNoとよばれるゲームだった。スクルージの甥がなにかについて考えなくてはいけなくて、残りのメンバーがそれがなにかをあてるのだ。甥が他の人の質問に答えていいのは、そういったわけでYesかNoだけというになる。やつぎばやにそこに質問がなげかけられ、動物のことを考えているのがわかってきた。生きている動物で、どちらかといえば好ましからざる動物で、残忍な動物であり、ほえたりうめいたりもするし話もして、ロンドンにもおり、道も歩くといった具合だった。ただ動物園にいるわけではなく、誰かに引き回されてるわけでもなければ、見世物にもなっていないし、市場で殺されるわけでもない。馬でも、ロバでも、牛でも、雄牛でも、虎でも、犬でも、豚でも、猫でも、クマでもなかった。新しい質問が投げかけられるたびに、甥は大爆笑して、それ以上ないくらい面白がり、ソファから立ち上がり足踏みするくらいの勢いだった。とうとうふっくらした娘が、おなじような状態になり、大声でさけんだ。


「わかったわ、なんだか分かったの。もう分かったわ」


「なんだい?」フレッドはさけんだ。


「あなたの叔父さんのスクルージよ」


大正解だった。一堂納得といったようすだったが、幾人かは「クマか?」という問いには「Yes」であるべきだとこぼした。Noの回答はスクルージかなと思っていても、そこから考えをそらすのに十分だからというわけだ。


「こんなに楽しませてくれたんだから」フレッドは言った。「彼の健康を祝すのも悪くはあるまい。ちょうど温まったワインがグラスになみなみと注がれている。さぁ『スクルージ叔父さん、乾杯』」


「スクルージ叔父さん、乾杯」と全員が斉唱した。


「スクルージ叔父さん、メリークリスマス、そしていい新年を、本人がどうあれね」スクルージの甥は続けた。「僕にそういってほしくはないだろうけどね、でもそうあることを祈るよ、スクルージ叔父さん」


そうしてスクルージと精霊はふたたび旅立った。


多くのものを見聞し、はてしないところまで二人は旅した。もし一晩だとすれば、それは長い長い夜だったが、スクルージにはそのクリスマスは今まで自分たちがすごしてきた時間を圧縮したもののように思え、到底一晩だとは思えなかった。またスクルージの外見がまったくかわらないのに、精霊が歳をとっていく、明らかに老けていくのも奇妙なことだった。スクルージはこの変化にすでに気づいていたが、子供たちの十二夜のパーティを離れるまではそのことを口にしなかった。というのもパーティでは外に二人はいたので、そこで精霊の方をみると白髪になっていたからだ。


「精霊の寿命とはそんなに短いものですか」とスクルージが尋ねると、


「この世界での寿命はとても短い」と精霊は答えを返した。「今晩でつきるんだ」


「今晩ですって」スクルージは思わず声を大きくした。


「今日の真夜中だよ。よく聞くんだ、ほらその時間がせまってるよ」


そのとき鐘は11時45分をうちならした。


「失礼なことを尋ねてしまうかもしれませんがご容赦あれ」スクルージは、精霊の上着を注意深く見守りながら口火をきった。「なにか奇妙なものが目にはいるんですが、あなたの体の一部とは思えないようなものがすそから飛び出てるようなんですが、足かツメですかな」


「ツメかもしれんな、というのもその上にも肉体があるからな」と精霊は悲しげに答えた。「ほらここをみるんだ」


と、上着のひだの間からに二人の子供をとりだした。みじめでさもしく、むかむかするような醜く悲惨な子供たちだった。そして精霊の足元にひざまづくと、上着の外側をのぼりはじめた。


「よくこれをみるんだ、しかとな、ここをだぞ」精霊はさししめした。


二人の子供は男の子と女の子で、黄色く、やせほそっており、ぼろをまとい、しかめつらで、残忍な顔つきをしていたが、自分を恥じてうずくまっていた。形姿に美しい若さがみち、生き生きとした肌色で彩られているべきところが、若さをうしないしなびたまるで老人の手が、かれらをつまみあげ、こねくりまわし、ずたずたにしていた。天使たちがすわりこんであがめているべきところに、悪魔たちがはびこりにらみつけていた。ありとあらゆる生き物の神秘で、どれほど人間に変化や堕落や悪化があろうとも、この怪物たちの半分ほども恐ろしく恐怖をいだかせることはなかっただろう。


スクルージはぞっとしてあとずさりした。こんなふうに子供たちをみせられたので、かわいいお子さんたちですねと言おうとしたが、そんな大それたウソをつくような言葉は出てこなかった。


「精霊さま、あなたのお子さんですか」スクルージはそれ以上いえなかった。


「人類の子供だよ」精霊は子供たちを見下ろしながら答えた。「かれらはずっと祖先から私に訴えかけているんだ。男の子が無知で、女の子は貧困だ。二つともに、それに関わるありとあらゆるものに気をつけねばならん。特に男の子には。そいうのもその額には消されていなければありありと破滅とかかれているのが見えるからな。それを否定してみろ」精霊は街のほうに手を伸ばしながらさけんだ。「そして破滅を教えてくれるものをそしるがよい、争いを好むなら破滅をみとめ、事態を悪化させ、結果を甘受するんだな」


「逃げる場所や方法はないんですか」スクルージは尋ねた。


「監獄はなかったんだっけ」精霊はスクルージのほうをむいて、スクルージが前に言った言葉を繰り返した。「感化院はないのかい?」鐘は十二時をうった。


スクルージは精霊をもとめてあたりをみまわしたが、目には何もうつらなかった。鐘の余韻がやんだときスクルージはジェイコブ・マーレーの予言を思い出し、視線をあげると、着飾ってフードをかぶった一人の精霊が地面にそった霧のようにこちらの方にやってくるのが目に入った。




第4章:最後の精霊


精霊はゆっくりとおごそかに音をたてず近づいてきた。精霊がやってくるあいだ、スクルージはこの精霊がうごくのにまつわる雰囲気そのものが陰鬱さと神秘さを振りまいているように思えたのでひざまづいていた。


精霊は深闇の上着にすっぽり身をかくし、頭も顔も姿もみせず、片方の手を伸ばしている以外は何も見えなかった。この手がなければ、夜からもまわりを囲む闇からもその姿を見分けることは難しかっただろう。


ただスクルージは精霊が側にきたとき背が高く威風堂々としていることは感じ取ることができ、その神秘の存在で畏敬の念にうたれた。精霊は口も開かなければ、動きもしなかったのでスクルージにはそれ以上のことはわからなかった。


「私の前にいらっしゃるのは、これからくるクリスマスの精霊でしょうな」とスクルージは口をひらいたが、精霊は何も答えず、ただ先の方をさししめした。


「まだ起こっていない事、ただこれから起こる事の影をわしに教えてくれるんでしょう」とスクルージは続けた。「そうじゃないんですかい、精霊殿?」


まるで精霊がうなずいたかのように、その瞬間上着の上の方がくしゃっとなった。それがスクルージに与えられた唯一の返事だった。


スクルージはこのときにはずいぶん精霊の相手をするのもなれていたとはいえ、これほど押し黙った姿にさすがに恐怖をおぼえ、足はぶるぶるふるえ、あとをついていこうとしても立っていられないほどだった。精霊はしばし待ってくれて、その様子をみて、震えが止まるの猶予をくれた。


しかしスクルージの震えは止まるどころがいっそう悪くなり、なんともいえない恐怖にすっかり身を縮ました。とくにあの暗いおおいの後ろでは精霊の目がじっと自分の方をみているのに、自分ときたらどんなに目をこらしてもぼんやりした片手と黒い塊しか見えないのだから。


「行きましょう、行きましょうや」スクルージはつぶやいた。「夜はすぐあけてしまいますし、わしにとっても時間は貴重ですから。わかってます、精霊殿、行きましょう」


精霊はスクルージに近づいてきたときとおなじように動いていき、スクルージはその上着の影にくるまれるようにしてついていった。というか、持ち上げられて運ばれているようだった。


二人はたぶん街の中にはいったようだった。というのもむしろ街のほうがまわりに浮かんできて、ぐるりと二人の周りをとりかこんだようだったからだ。ただ二人は街の中心部、商人たちで混みあう市場に入っていった。商人たちは忙しそうに動き回りながら、ポケットの中でお金をちゃりちゃりいわせ、集まってなにやら話しては、時計をみて、思案にふけりながら大きな金色の印鑑をいじくっていり、その他スクルージもよくみかけていた事をしていた。


精霊は商売人たちのあるかたまりのそばで立ち止まった。手はその集まりを指し示していたので、スクルージはその会話に耳を傾けた。


「いいや」でっぷり太ってぞっとするようなあごをした男はこう続けた。「どちらにせよよく知らんのだよ。知ってるのは死んだってことだけだよ」


「いつ死んだんだい?」別のものが尋ねた。


「昨晩だと思うよ」


「どうして、何がおこったんだい?」大きなカギ煙草入れからたっぷりとカギ煙草をつまみながら、また別のものが口をはさんだ。「殺しても死なないと思ったがな」「知るもんか」最初の男があくびをしながら答えた。


「やつの金はどうなるんだろう」鼻に大きなできものができている赤ら顔の男が、まるで鶏があごのたるみをゆらすようにしながらそう尋ねた。


「聞いてないな」大きなあごの男はまたあくびをしながら答えた。「会社にでも遺したんでしょう。わしには遺してなくて、それだけは確かですな」


一堂はそこでどっと笑った。


「とても安上がりな葬式になるんでしょうな」同じ男が続けた。「わしは葬式に行くって人を誓ってまったく一人も知らんですから。いっそわしらみんなで有志をつのるかい?」


「昼飯がでるなら行ってもいいがね」鼻にできものがある男が口をはさんだ「腹が減ってはいくさができぬとね」


一堂はふたたび笑った。


「さてこうしてみると、みんなの中で私が一番関心がないみたいだね」最初の男がこう答えた。「黒い手袋もしてなきゃ、昼飯も食べる気がしないからね。ただ誰かが行くなら葬式には出てもいいな。考えても見れば、やつにとっては一番仲のいいほうの友人だったと言ってもいいぐらいかもしれないし。あえば立ち止まって話ぐらいしたもんですしね。では」


かたまって話をしていたものは散り散りになり、他の人たちと話し始めた。スクルージはその人たちを知っていて、説明をもとめるかのように精霊の方をみた。


精霊は通りを進んでいき、二人の男が話しているのを指さした。スクルージはそれが説明になるのだろうとふたたび耳をかたむけた。


スクルージはその二人の男もよく知っていた。二人も商売人で、とても裕福であり、有力者だった。スクルージはこの二人に覚えよろしくしようとがんばっていたものだった。もちろん商売のため、純粋に商売のためだけにそうしていたのだが。


「こんにちは」と一人がいうともう一人も挨拶をかえし、「そういえば、おいぼれもとうとうくたばったみたいだね」と最初の男が続けた。


「うん、聞いたよ、寒さでやられたんだろうな」


「クリスマスの時期にふさわしいな。ところであなたはスケートはするんですっけ?」


「いいや、他にも考えることがあるんでね、ごきげんよう」


他には何もなく話はまさしくこれだけで、二人は別れた。


いつも自分が立っている場所には別の男がたっていた。時計をみるといつも自分がそこにいる時間をさしていたが、入り口からながれこんでくる群集のなかにも自分の姿形はこれっぽっちもみとめることができなかった。ただそれにもスクルージはほとんど驚かなかった。


暗闇で物音一つしなかったが、スクルージの側には精霊が手を伸ばしてたっていた。じっと物思いにふけっている状態から我にかえってみると、手の方向からは、見えない視線は自分自身を鋭く射抜いているように思われ、身震いがして肝を冷やした。


二人は喧騒をはなれ、街のへんぴな場所へと移動した。その場所は、だいたいの状況や悪いうわさは耳にしていたが、スクルージも足を踏み入れたことがないところだった。道はぬかるんでいて狭く、店や家々はぼろぼろだった。人々の身なりもひどく、よっぱらっており、だらしがなく、汚かった。路地や道からは、まるでそこが汚水溜めかのように、人にあふれた道へとくさい臭い、泥、ひどい生活を発していた。そうした一角全体に、犯罪、ゴミ、不幸が満ち満ちていた。


このような悪名高いゴミための奥ふかくまですすんでいくと、片流れ屋根の下にせまっくるしく出っ張った店が一軒あった。そこには鉄くず、クズ、あきびん、骨、べたべたした廃物が運び込まれていた。店の中では床の上に、さびたカギ、釘、くさり、ちょうつがい、とじ金、はかり、おもりといったありとあらゆる鉄くずがうずたかく積みあがっていた。好き好んでみるものもいないような秘密が、ひどいクズ、廃油のかたまり、骨のお墓で醸成され隠されていた。そういったものに埋もれるようにして、70歳にもなろうかという白髪の老人が古びたレンガでできた木炭ストーブのそばに座っていた。寄せ集めのぼろきれからつくった汚らしいカーテンをつるして寒さよけにしており、暖かな状態ですっかりくつろいでパイプをふかしていた。


スクルージと精霊がこの男の目の前までやってきたとき、ちょうど一人の女が大きな荷物をしょって店にこっそりと入ってきた。その女が店にはいるかどうかというときに、もう一人の同じように大きな荷物をしょった女も店にはいってきた。そのすぐあとに色あせた黒い服の男がつづいていた。男は女二人の姿をみて、女二人がお互いに驚いているのとおなじくらいびっくりぎょうてんしていた。いっしゅんの間のあと、パイプをくわえた老人もくわわって、みんな大笑いをはじめた。


「家政婦だけでも最初にくるものを」最初に入ってきた女はそうさけんだ。「で、洗濯女だけでも二番目で、葬儀屋だけでも三番目だ。みてごらんよ、ジョー、なんてこったい。もののひょうしで出くわすこともあるんだねぇ」


「ここほど出くわすのにうってつけの場所もなかろうよ」ジョーはパイプから口をはなすと言った。「さあ中へ入ってくれ。ずっと前からおかまいなしじゃないか、他の二人とて全く知らぬというわけでもなし。店の戸をしめるまでまってくれ、まったくなんてきしむだろうな。ここにもこのちょうつがいほどきしんでる奴はあるまいよ。はっはっは。みんな天職だな、いい組み合わせだよ。中へはいってくれ、中へ」


中とは、ぼろきれのあちらがわの場所だった。老人は階段の敷物を押さえる棒で火をあつめ、すすけたランプの芯をパイプの柄でととのえ(夜になっていたので)、ふたたびパイプを口にくわえた。


老人がこうしているあいだ、すでに口をひらいていた女は荷物を床に降ろして、これみよがしにひざの上でうでぐみしながら、軽蔑のまなざしを残りの二人にむけて椅子に腰をおろしていた。


「なにがおかしいんだい、なにが。ディルバーさんよ」女は口火をきった。「だれだって自分のことを構うもんだろ。ま、やつはいつもいつもそうだったけどね」


「まさしくその通り」洗濯女も同意した「比べようがないくらい」


「じゃあなんだって、まるで怖がってるみたいにそんなに立ってにらむもんじゃないよ、おまえさん。誰も秘密を知りやしないよ。あら捜しをしようってわけじゃあるまいし」


「そうとも」ディルバーと男は声をそろえた。「やめとこう」


「よしよし」女はさけんだ「それでいいよ。こんなささやかなもんがなくなったところで誰に損が及ぶというんだい。死んだ男だってね」


「まさしくそうだぁね」ディルバーも笑いながら答えた。


「もし死んだあともそのままにしてほしけりゃ、あのごうつく爺は」女は続けた。「なんだって普通の人生をおくんないんだろうね。そうしていれば、死ぬときくらい誰かに看取ってもらえそうなもんだよ。あんなふうに一人きりで息を引き取るかわりにね」


「それこそまさに真実をいいあててるね」ディルバーはもらした「それこそ奴に下された審判というわけだ」


「願わくばもっと審判が重くてもよかったねぇ」女は答えた「そうすればそれに従って、もっと別のものを手に入れていたかもな。包みをあけな、ジョー、そんで中のものに値段をつけとくれ。ざっくばらんに頼むよ。最初でもかまわんし、別に誰に見られててもかまいやしない。おたがいさまだってことはここで会わずともよーく承知してるよ。別に悪いことじゃないよ、さぁ包みをあけてくれ」


ただ仲間の侠気がそうはさせなかった。色あせた黒い服の男が最初に荷物をほどき、盗品をぶちまけた。そう高いものはなく、印鑑が一つ二つ、ふでばこ、一対のカフス、大して価値のないブローチでぜんぶだった。ジョーは一つ一つ詳細に調べて値踏みし、壁にひとつずつ値段を書いていき、それ以上品物がなくなったところで合計をだした。


「これが取り分だよ」ジョーは言った。「足をもって逆さにつるされても、これ以上はびた一文出せないね。お次は誰だい」


ディルバーが次だった。シーツ、タオル、下着とスプーンが二本、砂糖はさみが一つにブーツが二、三足。その取り分もおなじように壁に書かれた。


「女にゃいつも甘いんだ。それがわしの弱いところだよ、で身をもちくずすというわけだ」ジョーはそうこぼした。「これが取り分だ。もっとほしいなんてぬかしてごねるようだったら、こんなに奮発したのを後悔して、半クラウンは少なくするぞ」


「じゃわたしの包みをほどいとくれ、ジョー」と最初の女がしゃしゃりでた。


ジョーはそっちのほうがほどきやすいので両膝をつき、いくつも結び目がある包みをほどき、大きななにかくろいものがぐるぐるまきにされているものを引っ張り出した。


「なんだいこれは」ジョーは尋ねた。「寝室のカーテンかな」


「おぅ」女は組んだ手を前にもちあげて大笑いしながら答えた。「寝室のカーテンだよ」


「やつが横たわったまま、輪っかやなんかごとそっくりこれをもってきたというわけじゃないだろうね」


「その通りだよ」女は答えた。「いけないかい」


「金儲けの星の下にうまれついたようなやつだな」ジョーはこぼした。「そんなことまでするなんて」


「手の届くものが手に入るときに、手控えるなんてとんでもない。しかもあんなやつのものならなおさらだ、誓ってもいいくらいだよ、ジョー」と女はいたって平静に答えた。「油を毛布にたらすんじゃないよ」


「やつの毛布だって?」ジョーは尋ねた。


「他のどいつのものだと思ってるんだい」女は答えた。「なくても風邪をひくわけでもあるまいし、ま、いわせてもらえばだがね」


「なんかの病気で死んだんじゃないことを祈りたいもんだ」ジョーはそうこぼすと、手をとめて視線をあげた。


「そんなことぁ心配しなくてもいいよ」女は即答した。「やつがそんなことになってるってのにあたりをうろついて、いっしょにいるほど物好きじゃないんでね。そうだろ、しっかりシャツを見ておくれよ。ま、どんなに見たところで穴なんてありゃしないし、すりきれてもないけどな。持ってた中じゃ一番いいやつだし、なかなかものもいいよ。わたしゃが手に入れなきゃ、無駄になるところだったんだからね」


「無駄になるっていうのはどういうことだい」ジョーは尋ねた。


「そのまま着せといたら確実にいっしょに埋葬されちゃうってことだぁな」女は笑いながら答えた。「どっかのばかどもはそうするもんだよ。だからわたしゃが脱がせたんじゃないか。もし更紗で十分じゃないっていうなら、他のなにで十分なのか知りたいもんだね。なんせやつの体にぴったりだったし、シャツを着ているより更紗の方がみっともないってこともないだろうしな」


かれらは略奪品を中心にあつまっていたが、わずかばかりの光は老人のランプからもたらされるもので、その風景はスクルージをもうんざりさせ、嫌悪をおさえきれないものだった。それは、悪魔が死体をやりとりしてたってこんなにすごいことにはならないだろうと思われるほどだった。


「はっはっは」ジョーがお金の詰まったフランネル製のかばんから、おのおのの取り分を床の上でかぞえあげたとき、女が笑い声をたてた。「これで決まりでさぁな。やつは生きてるときは人を遠ざけてたもんだが、死んだときになってこちらを潤してくれるとはね、はっはっは」


**


風景が一変したのでスクルージは恐ろしさでたじろいだ。今いるところはほとんどベッドにさわれるところだった。そっけない、カーテンもとりはらわれたベッドで、みすぼらしいシーツがかかっており、その上になにかがよこたわっていた、それは物音をなんらたてなかったが、それゆえなんであるかを語らずとも物語っていた。


部屋はとても暗く、くらすぎて何があるかも分からないほどだった。ただスクルージは内心の衝動にかられてそこがどこかを確かめようとあたりをしかと眺め回した。外から朝日のあおじろい光がベッドに差し込んだ。そしてそこには、身の回りのものをすべて強奪され、見捨てられた、誰も涙を流すものもいなかれば看取るものもいない男の死体がひとつあるだけだった。


スクルージは精霊の方をじっとみた。そのゆるがざる手は死体の頭の方をさししめしていた。顔のおおいはとりあえずといった感じで、わずかに指一本ででももちあげれば、その死体の顔をおがめそうだった。そうは考えたが、自分の側から精霊をおっぱらう力がのこってないのと同様、そのおおいをはずす力も残っていなかった。


寒く、寒く、硬直した恐ろしい死がここに汝の祭壇をつくり、汝のおもいのままに恐怖でもってその祭壇を飾り立てる。ここがおまえの領土だからだ。ただ、愛すべきもの、あがめられるもの、尊敬されるものは髪の毛一本たりとも汝の恐ろしい目的のために動かせないし、姿かたちをおどおどろしいものにすることもない。それは今手が重くなり、はなせば落ちてしまうからでもなければ、心臓や脈がとまっているからでもない。過去に手が開かれていて、やさしく、真実味にあふれていたからであり、心は勇敢であたたかく、優しさにみちていたからだ。脈がまさしく人のものだったからだ。去れ、影よ、去れ。そしてよい行いが傷からうまれ、永遠の命で世界へ種撒かれるのをみるがよい。


どこからか声がしてスクルージにこのようなことを言ったわけではない。ただベッドをみていたとき聞こえてきたわけだ。スクルージはもしこの男が今立ち上がれば、まずなにを考えるだろうと思った。金儲け、冷酷な取引、あるいは嫌がらせか。こうしたものがこんな結末をまさしくもたらしてくれたわけだ。


まったくの一人っきりで、一人の男も女も子供さえも彼がよいことをしてくれたというものはおらず、またその一言の思い出ゆえにお返しをするんだというものもいなかった。猫が一匹ドアをひっかいており、暖炉の下ではねずみがかじる音がした。この死の部屋でなにをしたいのか、どうしてそんなに落ち着きがなく騒がしいのか。


精霊は微動だにせず、指はじっと頭の方をさししめしていた。


**


精霊は黒い上着をスクルージの前に翼のように一瞬拡げ、引っ込めると、日の光がさしこむ部屋に母親と子供が姿をあらわした。


母親は誰かを待ち受けていて、それもかなり気をもんでいるようだった。というのも部屋を気もそぞろにあちこち歩きまわり、あらゆる物音にはっとして、窓から外をながめていて、時計をみつめていたからだ。針仕事をしようとしていたがそれも手につかないようすで、子供たちがあそんでいる声でさえ我慢がならないようだった。


とうとう待ち受けていたノックが聞こえた。いそいでドアのところに行き夫を出迎えた。夫の顔はまだ若いにもかかわらず、やつれ疲れがにじみでていた。ただ今はその表情には自分では恥じていたが隠しようのない心からの喜びがうかがえた。


暖炉のそばで温められていた夕食が出されている食卓につくと、妻がどうだったと力なげにたずねたとき(それほど間をおいてというわけではなかったが)、夫はどう答えていいのやら戸惑っているようだった。


「よかったのそれとも悪かったの?」妻は助け舟をだした。


「悪かった」夫は答えた。


「じゃあ破滅ね」


「いいや、まだのぞみはあるよ、キャロライン」


「あの人の態度が軟化すれば、そりゃ望みはありますけど」妻はなげいた。「そんな奇跡がおきるだなんて、望みにもほどがありますわ」


「軟化どころじゃないんだよ」夫は答えた。「死んだんだ」


妻は温和ながまんづよい性格で、表情がよくそれを伝えていた。ただ死んだということをきいて心から感謝の念を抱かないわけにもいかなったし、両手をたたいてそれを口にした。もちろん次の瞬間にはそれの許しをこい、謝ったが、最初の反応こそが本心からのものだった。


「昨晩話したあのよっぱらいの女が言ったことが、そうぼくが彼に会って一週間の猶予をもらおうとおもったときにだよ、単にぼくのことを避けているんだと思ったけれど、まったくの本当のことだったことがわかったんだ。病状がかなり悪いだけじゃなく、死にかけていたんだよ」


「誰にわたしたちの借金はいくのかしら」


「わからないよ、ただそれまでにお金も用意できるだろうし。用意できないにしても、あれほど慈悲のかけらもないやつにいくほど運が悪いって事もないだろうよ。今夜はやすらかな気持ちで床につけるよ、キャロライン」


そう確かに、隠そうとしてもかくせないぐらい、かれらの心は軽くなっていった。子供たちの顔も明るくなっていき、自分たちはまったくわからないことを聞こうといそいでまわりに集まったりしていた。これがあの男の死によって幸せになった家庭だった。


**


精霊はスクルージが歩きなれたいくつかの通りを抜けていき、スクルージはあちらこちらに自分の姿をおいもとめたが、どこにもその姿はなかった。二人は貧しいボブ・クラチェットの家に入っていった。前にも訪れたことのある住居で、母親と子供たちが暖炉をかこんでいた。


誰一人音をたてるものはおらず、とてもしずまりかえっていた。さわがしい二人の兄弟でさえ片隅でまったくしずかにしていて、本をひろげているピーターを見守っていた。母親と娘たちはぬいものをしていたが、一言も口をきかなかった。


「子供をかかえあげ、みんなの真中に置きました」


スクルージはどこでこの言葉を聞いたのだろうか? 夢に見たわけでもあるまい。スクルージと精霊が敷居をまたいだときに、ピーターが読み上げたのに違いない。それにしてもどうして先を続けないのだろう。


母親は仕事をテーブルになげだすと、顔に手を当てた。


「この色は目を疲れさせるね」母親は口にした。


この色! あぁかわいそうなちびっこティム。


「ずいぶんよくはなってきたけど」母親は続けた。「ろうそくの光じゃなおさらよくないよ。お父さんがかえってきたときには絶対目をしょぼしょぼさせたくないものね。さてそろそろお帰りの時間だよ」


「もう過ぎてるよ」ピーターは本をとじて答えた。「でもここ数日はいつもよりゆっくり歩いているんだと思うな」


ふたたびみんなは黙り込み、とうとう母親はただ一度だけふるえたがしっかりした明るい声をふりしぼった。


「そう、いっしょに歩いていたものねぇ、ちびっこのティムを肩車して早足で歩いていたものねぇ」


「僕もよく見たよ」ピーターも続け「私も」と他のものも続け、みんなが賛同した。


「ずいぶん軽かったものねぇ」母親は仕事に取り組みながら思い起こすようにいった。「お父さんはずいぶんかわいがっていたものねぇ、だから苦でもなかったのよ、まったくね。あらお父さんが帰っていらしたわよ」


母親は迎えに出た、ボブはぼうしをかぶったまま入ってきた。ボブにはかわいそうに少しでもあたためてくれるものが必要だったのだ。暖炉にすでにお茶がはいっていて、みんなでせいいっぱい父親をはげまそうとした。クラチェット兄弟はひざのうえにのぼり、ちいさなほっぺたを顔におしあて、まるで「大丈夫、大丈夫だからお父さん、そんなに嘆かないで」とでも言ってるようだった。


ボブは家族にすっかりはげまされ、明るく家族にはなしかけた。テーブルの上の仕事をみては、妻と娘たちのてきばえと仕事のはやさをほめたてた。日曜よりずっと前に終わってしまうな、と父親はもらした。


「日曜ですって! じゃあ今日行ってきたんですね、ロバート」妻は口にした。


「あぁおまえ」ボブは答えた。「いっしょに行けるとよかったんだがな。あそこの場所がどれほど青々としてるかみせてやりたかったよ。でもすぐにたくさん見ることになるよ。毎日曜日に行くことを約束したからな、ちびっこ、ちびすけや」ボブは嗚咽した。「かわいそうに」


ボブはその瞬間がまんできなくなって泣き崩れた、どうにもがまんできなかった。我慢できるようであれば、ちびっこティムと今以上にいっそう遠くに離れているように感じたことだろう。


部屋をはなれ、二階へあがっていき、上の部屋にはいっていった。そこは明るくなっていて、クリスマスの飾りがぶらさがっていた。子供のそばには椅子が一脚おいてあり、だれかがすぐ前までずっとこしかけていたようなあとがあった。ボブはそこにこしをおろすと、物思いに少しふけり、気を取り直すと子供の顔にキスをした。起こってしまったことと折り合いをつけ、平穏な気持ちになって階下へと降りていった。


みなが暖炉のそばに集まり、話をした。娘たちと母親はまだ針仕事をしていて、ボブはみなにスクルージの甥のこれ以上ない親切さについて話した。一回ほどしか会ったことがないのに、あの日道ででくわして、自分がすこし気を落としているのをみると、「ちょっとばかり気を落としているだけだったんだけど」とボブはいったが、なにか気を落とすことでもあったのかと尋ねたのだった。「とにかくかれは楽しそうに話す人だからね、私は話したよ」とボブは語った。「心からおくやみを申し上げます、クラチェットさん、あなたのすばらしい奥さんにも気を落とさないようにお伝えください」と言ってくれたよ。「ところでどうしてそのことを知ってたのか、わからないな」


「何を知ってたの?」


「なんだって、おまえがすばらしい奥さんだってことを知ってたのかってことだよ」ボブは答えた。


「誰でも知ってますよ」ピーターは答えた。


「よく言ってくれた、息子よ」ボブは声を大きくした。「みんなに知ってもらいたいもんだな。『心からおくやみを』って言ってくれたよ。『すばらしい奥さんに』って。もしなにかお役にたつことがあればって」名刺をくれたよ。「そこにかいてあるのが住所で、どうか来てくださいよ」って言ってくれたんだ。「なにかをしてくれるからってこんなに嬉しがってるわけじゃない。まるでちびっこティムを知ってくださっていたかのようなのが心をうったんだよ」


「わたしもその人は本当にいい人だと思うわ」妻も賛成した。


「もし会って直接話せば、いっそうそう思うだろうよ」ボブは答えた。「そうよくお聞きよ、ピーターに職を世話してくれたってぜんぜんおどろかないな」


「ピーター、よくお聞きよ」クラチェット夫人は言った。


「それで」娘たちの一人がはやしたてた。「ピーターは誰かと結婚して、家庭をもつのね」


「いつまでもこのままやってくよ」ピーターはにこにこしながら答えた。


「すぐにはそうもいかんだろうが」ボブは付け加えた。「そうするまでにはまだずいぶん間があるだろうし。でもいずれはどちらにせよみんなばらばらにならなきゃいかん。でもちびっこティムのことは誰一人として決して忘れちゃいかん。そうわたしたちの間のこの最初の別離をだ」


「忘れませんとも、お父さん」みんなが声をあわせた。


「私もだ」ボブも答えた。「あんなに小さかったのに、ちびっこだったのにどれほどティムが我慢強くて穏やかだったか思い出すと、わたしたちはお互いにすぐに喧嘩するようなことがあっちゃいけないし、ちびっこティムが我慢強くておだやかだったのも忘れちゃいけないよ」


「絶対に。お父さん」みんなは再び声をあわせた。


「わたしはとても幸せだよ」ボブはもらした。「本当に幸せだ」


妻と娘たちと二人のクラチェット兄弟が父親にキスをして、ピーターとは固く握手をした。ちびっこティムの魂よ、汝の幼い魂は神からつかわされたものなのだ。


**


未来のクリスマスの精霊はスクルージをビジネスマンが集まるところにへとつれていった。それらの場所は前と時間が違うだけで同じであり、そうした風景には未来のことという一点を除いてはなんら整合があるように思えなかった、ただいずれの場所にも自分の姿はみあたらなかった。ただ精霊はどの場所にとどまるわけでもなく、どんどん進んでいき、望みのままの場所へと足をむけているようだった。


ふたたび精霊についていくと、鉄の門のところまでやってきた。スクルージは門を入る前にあたりを見回しながら入っていた。


そこは墓地だった。そして名を知らしめられようとしている不幸な男は埋葬されていたのだ。そこは結構な場所だった。家々に囲まれていて、草や雑草におおわれ、ただそれも生きたものではなく枯れたものにだった。埋葬される人がおおく窒息しそうなほどで、まったく肥えていたといってもいいほどだった。まったくもって結構な場所だこと。


精霊は墓のあいだにたつと、一つの墓を指し示した。スクルージは身震いしながらそこへ歩をすすめた。精霊はいままでとかわりがなかったが、その厳粛な姿にはなにか新しい別の意味があるようにもみえ、不安にかられた。


「あなたさまが指し示している墓に近づく前に」スクルージは聞いた。「一つ質問があるのですが答えてもらえますでしょうか? こうしたものの影が実現する可能性は高いのですが、それとも低いのですか、どうなんでしょう?」


精霊はだまってただ同じ墓を指し示すばかりだった。


スクルージは依然としてうちふるえながら前に足をすすめた。指し示すのにしたがって、なおざりにされている墓石に自分の名前、エベネーザー・スクルージと書いてあるのを認めた。


「精霊さま」スクルージは、その上着をしっかりつかみながらさけんだ。感情がたかぶり、スクルージは精霊の手をにぎった。精霊はそれをふりほどこうとしたが、スクルージも負けてはおらず、にぎりしめた。ただ結局は精霊の力の方がつよかったので、スクルージはうちなげられた。


最後にスクルージが見たのは、精霊のフードと着ているものが変化したことだった。ちぢんで、姿をかえどんどん小さくなり、一つのベッドをささえる柱へとすいこまれていった。




第5章:物語の結末


さて、その柱とはスクルージのベッドの柱だった。ベッドも自分のベッドなら、部屋も自分の部屋だった。これ以上ないほどにうれしいことに、今をきざむ刻も今までの埋め合わせをするように自分の刻だった。


スクルージはあまりにうちふるえていたので、自分の呼びかけにに声が震えて答えられないくらいだった。そして精霊との対面で激しく泣き崩れており、今でも顔がぬれていた。


「ひきはがされたりはしてないぞ」スクルージは、ベッドのカーテンを両腕にかかえ声を大きくした。「リングもなにもかも引き剥がされたりしてない。ここにある、わしもここにいる。そうだ、そうできることはわかってるぞ」


スクルージの両手はその間中いそがしそうに上着をまさぐっていた。うらがえしにしてみたり上下さかさまにしてみたり、あげくには破ったり、うっちゃったりして、上着を相手にありとあらゆるどんちゃんさわぎをやらかした。そして居間へとなだれこむと、肩で息をしながら立ちつくしていた。


「おかゆの入った鍋だ」スクルージはふたたび飛び上がりながら、暖炉のまわりをかけまわりさけんだ。「ドアもあるぞ、ジョイコブ・マーレーの幽霊がはいってきたドアだ。現在のクリスマスの精霊がこしをおろしていた隅があそこだ。うろつきまわる亡霊をみた窓があそこだ。全部正真正銘本当のことだったんだ、実際に起こったんだ」


「今日が何日かもわからんな」スクルージはひとりごちた。「精霊たちとどのくらいのときをすごしたかもわからんし、なんだったのかも皆目わからん。まるで赤ん坊にでもなったようだ」


そうしていると今まで聞いたこともないようなすばらしい鐘の音でその興奮状態はやぶられた。ゴーン、カーン、ドーン、カラン、ガラン、鐘の音だ。カラン、ガラン、鐘の音だ。ドーン、カーン、ゴーン、なんてすばらしいんだ、すばらしすぎる。


そして窓のそばまでかけていくと、窓をあけ、頭を外にだした。霧ももやもない。晴れ渡ったすっきりした気持ちのいい、喜びがふつふつとわいてくるような、きりっとした寒さの、そう、肉沸き血踊るような寒さで、朝日のかがやく日だった。雲一つないすばらしい空で、さわやかなさっぱりした空気、耳をくすぐる鐘の音。なんてすばらしいんだ、すばらしすぎる。


「今日は何日だい」スクルージは日曜に着るよそいきの服装をした、たぶんぶらぶらしてスクルージの方を見ていた子供によびかけた。


「なんですって?」少年はおどろきはてて答えた。


「今日は何日って聞いたんだよ、ぼうや」スクルージはくりかえした。


「今日?」少年は答えた。「クリスマスに決まってるよ」


「クリスマスだ」スクルージはひとりごちた。「過ぎちゃいなかったんだ。精霊たちのことはたった一晩で起きたことだったんだ。なんでも好きなようにできるんだな。もちろんそうに違いない、もちろんできるだろうよ、やぁ、ぼうや」


「こんちわ」少年は答えを返した。


「家禽商の店を知ってるかい、あの通りの一つの向こうの通りの角にある」スクルージはたずねた。


「もちろん知ってるよ」少年は答えた。


「賢いぼうやだね」スクルージは言った。「あそこにぶらさがっていた七面鳥が売れたかどうか知ってるか? 小さな七面鳥じゃないぞ、あの大きいやつだ」


「ぼくくらい大きいやつだよね」少年は聞いた。「まだあそこにぶらさがってるよ」少年は答えた。


「そうか」スクルージは言った。「行って買ってくるんだ」


「冗談だろ」少年はさけんだ。


「いやいや」スクルージは言った。「いたってまじめだよ。行って買ってくるんだ。そんでここへ持ってくるように言ってくれ。そうしたらどこへ持って行けばいいのか伝えるから。だれか大人をつれておいで。おまえには一シリングやろう。五分以内にもどってきたら、もう半クラウンおまけしようじゃないか」


少年は弾丸のように駆け出していった。


「さぁ七面鳥がきた、ヤッホー、イヤッホー。ごきげんよう、メリークリスマス」


こういいながらも笑いつづけ、笑いながら七面鳥の支払いをして、少年にも笑いながら支払いを済ませた。その笑いをとめるものは、椅子にすわって息もたえだえにただ笑い、泣くまで笑うことだった。


そして一張羅にきがえ、七面鳥を引きずって、通りへとでかけていった。今の時期には街に人々があふれており、それは現在のクリスマスの精霊といっしょにみたときと同じだった。手を後ろにくんで歩いていると、スクルージはだれもが満面の笑みをうかべているように思えた。


スクルージは教会に行き、通りを歩き回り、人々がいそがしそうに行き来しているのを目にし、子供の頭をなで、物乞いにも話しかけ、家々の台所をのぞきこんだり、窓をみたり、そうしたことすべてを行った。そして足を甥の家にむけ、ドアをノックした。とても大急ぎでノックしたのだ。


「ご主人は在宅かな」スクルージは対応してくれた少女にはなしかけた。素敵な少女だ、本当に。


「えぇいます」


「どこかな、お嬢さん」スクルージは話しかけた。


「食堂にいます、奥さんもいっしょです。よければ二階にご案内しましょうか」


「ありがとう、でも知りあいだからいいよ」スクルージはそういうと食堂のとびらに手をかけた。「中にいくよ」


スクルージはしずかにとびらをあけ、体をすべりこませた。二人はテーブルの方をむいていた。すばらしき仲のよさとすばらしき幸福。すばらしいパーティ。すばらしいゲーム。


「フレッド、わしだよ、叔父のスクルージだよ。夕食をあずかりにきたよ。入ってもいいかい、フレッド」


スクルージはそう言うと、甥の顔に七面鳥を投げつけた。



**


それからスクルージは精霊とまじわりをもつことはなかった。彼がそのあとどうしているかは知らないが、話ではクリスマスをすばらしいものにするためにはどうしたらいいか、人が通りがかるたびに語りかけているらしい。病院があまり長すぎる鎖を使っていないといいんだが。いずれにせよ、ちびっこティムがいったように、神はわれわれ全員を祝福してくれる、われわれ一人一人を。メリークリスマス。





*****


わたしはこの精霊のでてくるささやかな物語りで、空想上の精霊をよびだして、読者が自分たちでも、お互いにでも、この季節にでも、あるいはわたし自身でも飽きがこないようにがんばったつもりだ。


精霊がみなさんの家庭を楽しく訪れ、精霊が口をつぐんでしまうことを願うようなものがいないように。


あなたがたの親愛なる友人でしもべの

フレッド

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