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Exxtra by Reiner Knizia (Amigo) ルール和訳

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EXXTRA

AMIGO Spiel No. 8200

A Game by Reiner Knizia


Japanese Translation


German Edition: (C) 1998 by AMIGO Spiel + Freizeit GmbH.

English Translation: Reiner Knizia and Kevin Jacklin.


All rights reserved.


This Japanese Edition of "EXXTRA" is a re-translation from the Knizia-Jacklin's English edition. This edition is made by Sawada Taiju, through the courtesy of Dr. Reiner Knizia and Mr. Kevin Jacklin.


If you want the English edition, visit http://www.convivium.org.uk/



エックストラ


ライナー・クニーツィア作品

アミーゴ社製


三~六人用

八歳以上向け

ゲーム時間三十分



内容物


サイコロ六色計十二個

 ・各面に 1,2,3,4,7,X の数値が振られたサイコロ六つ

 ・各面に 1,2,3,5,6,X の数値が振られたサイコロ六つ

木の駒六色計六つ

足つきのカードによるプレイヤー表示器、六色

盤一枚

 ・一から二十までの得点マス

 ・スタート地点

 ・ゴール地点

 ・サイコロ設置用の梯子、0の段から5の段まで

ルールブック一冊



ゲームの概要


プレイヤーは自分の駒をはやく移動させるために、いくらかの運、そしてリスクを進んで引き受ける気持ちをもたなければいけません。サイコロを狡猾に使えば、相手の歩みを遅くすることもできます。自分の駒を最初にゴールに到着させたプレイヤーが、ゲームに勝利します。



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投稿者 z57u9x | 返信 (0)

クリスマスキャロルの著者

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(あるいは、ディケンズ「クリスマスキャロル」のいわゆる雑コラ)


以下はディケンズ「クリスマスキャロル」に部分的な改変を加えた文章である(主要な改変は第5章に集中しており、残りは第5章の改変との整合のための変更にとどまる)。原文として、下記に示す日本語訳を用いている。Katokt氏による日本語訳の公開について、ここに予め謝意を述べる。ありがとうございます。すみません。


*****

原文について

原題

A Christmas Carol

原著者

Charles Dickens

原著公開年

 1843

翻訳者

 Katokt

翻訳公開年

 2003

翻訳原文

 http://www1.bbiq.jp/kareha/trans/html/christmas_carol,_a_%28katokt%29.html

翻訳のクレジット

 ©Katokt

 本翻訳は、この版権表示を残す限りにおいて、訳者および著者にたいして許可をとったり使用料を支払ったりすることいっさいなしに、商業利用を含むあらゆる形で自由に利用・複製が認められる。(「この版権表示を残す」んだから、「禁無断複製」とかいうのはダメ)

*****



第1章:マーレーのお化け


マーレーは死んだ、これがそもそもの始まりだ。この事実にはまったく疑う余地はない。お墓の記録に牧師、教会の書記、葬儀担当者、喪主のサインがあるから。スクルージももちろんサインした。スクルージの名前ときたら、手をそめることには何でもてきめんの効果があったものだ。


年をとったマーレーは、とびらの金具のごとく亡くなっていた。このことにまったく疑う余地はない。


でも、わたしは自分がとびらの金具がどんなふうに亡くなっているのかを知ってるなんて言うつもりはない。自分としては、棺おけの金具の方が同じような道具としてはよっぽど死に近いものだと思いたい。いいや、でも昔の人達の知恵は例えにあるわけで、わたしのような下々の手がそれを汚すことはまかりならんということだろう。さもなくば国もほろびてしまう。だからみなさんもわたしが断固としてこう繰り返すのをどうか許してほしい。マーレーはとびらの金具のごとく完全に亡くなっていたと。


スクルージは、マーレーが亡くなっていたことを知っていたか? もちろん知っている。知らないなんて事があろうか? スクルージとマーレーはわたしが何年とも知らないほど長い間、共同の経営者だったわけだから。スクルージはマーレーの唯一の、遺言執行者にして相続人、友達にして会葬人だった。ただスクルージはそのような悲しい出来事にすっかり気落ちしてしまわずに、葬式当日でさえ抜け目のないビジネスマンぶりを発揮していた。というのはとてつもない割引価格でその葬式をあげたということだ。


そしてスクルージはマーレーの名前を消すことはなかった。だから何年もあとになっても、事務所のドアの上には「スクルージとマーレー」という看板がかかったままになっていた。会社は「スクルージとマーレー」として知られており、ときおり仕事に詳しくない人がスクルージのことをスクルージとかマーレーなんて呼んだものの、スクルージときたらどちらの名前にでも返事をするのだった。結局名前などスクルージにとってみればどうでもいいものだったから。

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投稿者 z57u9x | 返信 (0)

ギャングスターパラダイスについて

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「ギャングスターパラダイス」というカードゲームの評について、作者トンマーゾ氏(@Gang_Para)からMentionを受けた(https://twitter.com/Gang_Para/status/314551434802786304)ので返答しようと思ったのですが、やや長くなってtweetでは収まらないのでここに書きます。


****


ルールの記述に関して致命的なのは、ゲーム目的の根幹に関わる「命カードのロスト」に関する処理があまりに曖昧なことです。

「すべてを失う」とはどういうことでしょう? ルールWiki(いま確認しました)では記述が改善されていますが、それでもまだ穴が残っています。

ロストした命カードは公開でしょうか?そうだとすると「このカードは誰にも見せれない」ルールとの優先順位は?

それとも非公開、もしくは殺した相手にだけ公開でしょうか?

命を失った後、同色の相方が勝利したとして、これは自分の勝利にもなりますか?

ライフが場に落ちるのだとすると、それは拾うことが可能という意味になりますか?

また、4人以下でのプレーの際、ルールの記述をそのまま解釈すると、配られなかった命カードは山札に行くことになり、誰かが手にすることになりますが、この解釈は正しいですか?

(ルールの他の箇所の記述は、これが正しいことを裏書しているようにも、誤っていることを裏書しているようにも読めます)

正しいのだとすると、2陣営の命カードを同時に持ちうることになりますが、これはOKですか? また、ライフを1枚だけ失った場合の処理はどうなりますか?


上記の点に比べれば瑣末な点ですが、ルールの構成にも問題があります。表紙の頁のすぐ近くにTIPSが来ているのを見た時には、乱丁を真剣に疑いました。


上記の命がらみの処理で何が正しいか不明なので、以降については正しいルールで遊んでいない可能性が高いという前提になりますが、一応ゲームそのものについてもコメントをしておきます。


「ゲームを前に進める構造がどうなっているのか解らない」と書きましたが、無論カードは手番に1枚ピックする上、交換/交渉によって手を進めることは可能である以上、セットコレクションとしてのゲーム性が存在しうることについては一応理解できます。ただし、命カードが導入されている以上、このゲームの主眼はセットコレクションではなく(おそらく"BANG!"あたりの影響を受けた)正体秘匿のチーム戦ものとして解釈されるべきでしょう(ですよね?)。

しかしこのゲームを正体秘匿物として捉えた場合、ゲームの推進力がほとんどどこにもありません。たとえばBANG!であれば(私はそもそもこのゲームを高くは評価していませんが)、ゲーム開始時点でシェリフは公開されているので、全員の行動の指針は明確になっています。つまり、シェリフを殺すか、シェリフを守るか。この目的に邁進することにより勝利へ近づくというメリットと、それが自らの正体を確定させていき身を危険にさらす、というデメリットの間に天秤があり、この天秤の傾きがダイナミックに変化する中、これをどれくらい正しく読み、自らの行動をシフトさせていけるかがゲームの眼目になっています。(人狼だと…私は人狼も別段それほど評価してないのですけど…また少し駆動方式が異なり、特殊能力と状況ごとに「自然なアクション」が決まってくるので、アクションの結果と状況から特殊能力を推理することが一定程度可能になり、これによりゲームが展開します。)

しかしこのゲームでは、自らの陣営に関して、行為によって正体を徐々に明かしていくというフェーズが存在せず、宣言するかしないかしかありません。(Death陣営には「実際に公開する」があるので3値ですが、Death陣営は赤にとっても青にとっても敵なので、BANG!のような推進力は発生しません)

そして実際のところこのゲームはどちらかというとセットコレクション的なゲーム性を持っているので、自らが属する陣営が、少なくとも最終盤まではプレーに影響を及ぼしません。相手が誰であろうと、相手の必要なカードを渡し、代わりに相手から必要なカードを受け取ればよいということになります。そこには「陣営の公開と目標への邁進のジレンマ」が全くありません。

この意味で、このゲームを正体秘匿系のゲームとして評価することはできないので、セットコレクションとしてのみ考えざるを得ないのですが、このルールはセットコレクションとしてはあまりにも意思決定箇所が不足しています。本当はゲームの主題はセットコレクションではなく正体秘匿なので、これ自体は仕方ないのですが、そうするとどこにも遊びどころがないという結論になってしまいます。

投稿者 z57u9x | 返信 (0)

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